ラベル ★★★★ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ★★★★ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016/01/31

フォックスキャッチャー (2014)

Foxcatcher (2014) ★★★★

事実に基づいた話だということしか知らずに観た。最初から最後まで2時間以上継続する緊張感!直接言葉で語られることが一切なく、登場人物の境遇であったりその時の表情で何が起こっているのかを考えながら見ていないと、意味が全く分からず終わってしまう。

ジョン(大財閥の御曹司)はレスリングが大好きだった。しかし彼の母親はレスリングなんて下品だといって一切認めなかった。ジョンはずっと否定され続けているという意識を持ちながら育った。大金持ちで世間とは一線を引いた生活を送り、友達も1人もいなかった。自分にはない強さを求め、レスリングの金メダリストを屋敷に招き、自分はコーチとして君臨することで、自分自身が強くなったという錯覚に浸るのだった。

マークはレスリングの金メダリストではあったが、彼の功績は兄のデイブのおかげだと世間からは思われ、自分でもそう感じていた。ある日2人のところにジョンからおいしい話が転がり込む。不満に満ちた今の生活を変えるチャンスだと、意気揚々とジョンについていくマーク。これ以上のお金や名誉よりも、自分には今の生活の方が大事だと言って話には乗らないデイブ。

その後、屋敷での生活に慣れてきたころ、マークはコカインを常用するようになっていた。試合日が近づいているのにもかからわらず、トレーニングをやらずに仲間とテレビを見ながらビールを飲んでいた。やはり兄のデイブがいなければだめだということで、ジョンはデイブを屋敷に招く。

お金だけは持っているが、母親に怯え自分では何もできないジョン。何をしても兄貴には劣り、陰に隠れてしまうマーク。2人は似た者同士だった。ジョンは、そんなマークには勝者になってほしいと感じていた。しかし結局兄のデイブが活躍し、マークはレスリングを辞める。さらに、大きな権威であった母親は自分を認めてくれないまま他界してしまう。やけになったジョンはデイブを射殺する。

映画の最後にレスリングをやめたマークが別の形で活躍している場面がある。逮捕されて獄中で死亡したジョンと、レスリングではない異種格闘技の舞台で頑張るマーク。似たような2人でも人生の歩み方は大きく違った。


2016/01/25

フレンチアルプスで起きたこと (2014)

Turist (2014) ★★★★

夫、嫁、子供(姉弟)の4人が休暇中にアルプス山脈にスキーをしに来る。1日目の朝、ゲレンデのレストランで食事をしていると、突然爆発音が響き、遠くの山肌で雪崩が起きる。「大丈夫。プロの仕事だ」と夫は言い、家族を安心させる。ところが、徐々に雪崩が4人のいるレストランに近づいてきて、バルコニーで食事をしていた客たちが騒ぎ出す。その場は一瞬のうちにパニック状態になる。危機を感じた夫は、慌てて自分の手袋と携帯を持って、その場から逃げ出す。嫁と2人の子供をほったらかしにして。。。

結局雪崩はレストランに直撃することはなく、けが人は出ず収まった。しかし、その一瞬のうちに取った夫の「一人で逃げ出す」という行動を見てしまった嫁は、夫に対する不信感、被害妄想を抱くようになる。「この人は、いざという時に私たち家族を見捨て、自分だけ助かろうとする人なんだわ。。。!」

初日のその出来事により、楽しいはずの家族旅行は修羅場と化す。

人間の心理を描いた怖い映画のようでもあるが、シュールなコメディ映画としてみれば、笑える部分も多い。「この人は、私を見捨てたのよ!」と言って周る嫁に対し、「捉え方の違いだ!逃げ出したわけじゃない!」と必死で反論していたかと思えば、いきなり子供のように大声で泣き出したりする夫。クラブミュージックがガンガン響く中で、裸の男たちにもみくちゃにされる夫。(意味不明でw)

関係ないが、映画を見ている最中、ダウンタウンのコント「古賀」を思い出した。男仲間4人でスカイダイビングをするも、地上に着陸後、古賀という男1人だけ見当たらないのだった。3人は、最悪のことも考えて必死になって彼を探すが見つからない。警察沙汰にする前に、まずは古賀の家族に事情を説明しようと、古賀宅に訪問するのだが、玄関を開けたのは、古賀本人だった。スカイダイビングを終えたので、ただ帰宅した、それだけのことだった。

悪気は全くなく取った行動でも、捉え方によっては大きく人を傷つけることになる。

バスで山を下る最後の場面はほんとにひやひやした。「しっかり運転しろよ!」と本気でへっぽこ運転手に対して思った。あのラストシーンに込められた意味は。。。?




2016/01/02

ストレイト・アウタ・コンプトン (2015)

Straight Outta Compton (2015) ★★★★

2016年初映画!

街のチンピラが一気に有名になり、お金の問題等が絡んで結局落ち目になるという、ロックスターなどによくあるパターン。普段ラップやヒップホップを聞くわけではないので、N.W.A.というグループは知らなかったが、音楽がとてもかっこいいしちゃんとドラマもある良い映画だった。リズムに乗って頭動かしてる客もいた。

イージー・E!アイス・キューブ!ドクター・ドレー!など、メンバーの愛称が可愛い。でも歌っている曲は、ファックザポリス!とか、過激すぎてアメリカではラジオでも流せない内容のものばかり。

ファックザポリスのライブシーンはめちゃくちゃ上がった!社会現象になるぐらい有名になった彼らは、FBIから目をつけられるようになり、ライブ前に「ファックザポリスを歌ったら生きて帰れると思うなよ!」と警告を受けていたが、もちろんそんな脅迫には屈することなくファックザポリスを歌い始める。観客のテンションも最高潮に!その次の瞬間、警官が銃を乱射、会場は大混乱に。FBIも群衆に交じって、まじめな顔してN.W.A.のライブに参戦し、ファックザポリスが始まるのを今か今かと別の意味で待ちわびている様子は個人的に笑えた。

映画を見る限り、N.W.A.のメンバーはただ悪ぶって過激な曲を作っているわけではなく、正当な主張があって音楽を作っていたということが分かる。彼らの生まれ育ったコンプトンという町では、黒人が数人でかたまってランチしているだけで、警官が駆けつけてきて、「お前ら、何してんだ!どうせ悪だくみしてるんだろ!」と、言いがかりをつけられ地面にうつ伏せにされられるようなひどい街だった。ファックザポリスやその他の曲も、ありのままの彼らの日常を歌っていただけなのだが、反社会的思想を助長するということで、ねじ伏せられたのだ。「N.W.A.とは何の略だ?No Whites Allowed(白人お断り)か!?」「いや、Niggaz Wit Attitudes(主張するニガー)だ!」

日本でもおなじみの、赤色で「b」とか書かれたヘッドフォン、あれを開発したのはまぎれもないN.W.A.のメンバー、ドクタードレ!だということを知った。数年前、ヒップホップを聞くわけでもないのにデザインがかっこいいというだけの理由でモンスタービーツのイヤホンを使っていた時期があったが、この映画を見たら、ヒップホップとか聞かないのにあんなイヤホン使ってて、ダサかったなと思った。



輸入盤CDとかを買うとジャケットについてくるこのマークは、教育に悪いですよ!というマーク。N.W.A.が有名になったころから、過激なものにはつけなければならないという法律が作られた。国家をも動かしたギャングスタの創始者!N.W.A.!



2015/02/25

トラッシュ!-この街が輝く日まで- (2014)

Trash (2014) ★★★★

ゴミ山で暮らす3人の少年たちが政治的に隠ぺいしなければならない情報の入った財布を拾ってしまったことで、警察から命を狙われることになる。ブラジルの警察は、まずいことになればゴミ山の貧乏人なんて始末してしまえばいいと考えている。

「僕たちが何をした」とラファエル、ガルド、ラットの3人の少年たちは訴えかけている。何をしたわけでもないのに虐げられてゴミ山で大変な生活を送っている。抵抗すると痛い目を見る、おとなしくしている方が利口だ、と考える大人もいるが、3人の少年たちは「正しいことをする」という単純明快な理由で、おじけづくことなく国家権力に抵抗するのだった。

実際にスラムで育った少年をキャスティングしたとのことで、素人の子供を主役にこれほど予算のかかってそうな大作映画をよく撮れるなと思った。(今の日本映画だと無理?)内容も素晴らしく、「リトルダンサー」などを楽しめた方は十分見る価値があると思う。若干映画的なご都合主義、ストーリー的にみたらうまくいきすぎだろと思える場面もあるが、それらがマイナスになっているわけではなく、映画の完成度を高めて見やすくもなっていると思う。あまりに現実的になりすぎず、ブラジルの黒い部分は多少グロテスクな表現を使ってでもしっかりと伝え、少年たちの正直な行動を観ることによって希望を与えてもらえる映画だと思う。

決して豊かではない社会の中でもそれらと上手く付き合って乗り越えていく少年たちに逞しさを感じた。ゴミ山で過ごす人たち、少年たちがいつか住みたいと思っている綺麗なビーチ、お手伝いさんを雇って立派な家に住んでいる政治家、ワイロを渡さないと通してくれない男、警察に追われている3人を助けてくれる親切なお姉さん。いろんな良いもの悪いものが混在した社会だった。

クライマックスに墓地で現れる女の子は幽霊なのかと思って観ていたが実存する女の子だった。


2014/12/05

天才スピヴェット (2013)

L'extravagant voyage du jeune et prodigieux T.S. Spivet (2013) ★★★★

全く予備知識なしで鑑賞。T.S.スピヴェット(Kyle Catlett)は、半永久的に稼働する磁気装置を発明する。権威のある賞を受賞し、電話越しに学会に招待されスピーチをすることに。誰も彼が6才であるということを知らない。

子供であることがばれてしまったら、受賞を取り消されるかもしれないと思ったスピヴェット少年は、誰にも言わずに一人でワシントンDCのスミソニアンに向かう。警察の捜索をかいくぐったり、ハイウェイでごっついトラックをヒッチハイクしたり、様々な困難を乗り越え学会会場に向かう。持ち前の頭脳を生かして論理的に分析を重ねていく一方、家族の写真を眺めては夜な夜な泣いてしまう幼い一面もあり。

カラフルで楽しげな映像は「グランド・ブダペスト・ホテル」と似ていると思った。ストーリー的には分かりやすいのだが、笑いどころに関しては独特のセンスで満載。旅の途中でスピヴェットが胸のあたりを強く打ち、大きく広がった青痣ができる。大人が彼を抱き上げられる度にスピヴェットが痛みで叫ぶ。あってもなくてもいいような場面だが面白かった。

がっつりとスピヴェット少年の物語で、アメリカ横断を通して彼が成長する、久しぶりのカミングオブエイジものを見たという感じ。天才役なだけでなく、実生活の彼も6か国語を話し、武道のセンスもよく、世界大会でも優秀な成績を収めている。「ものすごくうるさくてありえないほど近い」のトーマス・ホーンみたいに正真正銘の天才子役という感じ。

万人受けするようなハートフルなストーリーで、見ている最中幸せな気分だった。そこが良さだと思うが、一風変わった作品を撮ってきたジャン=ピエール・ジュネ監督だけに、もっと攻めた感じも求められたのかもしれない。


2014/10/18

Yohan - Barnevandrer (2010)

Yohan - Barnevandrer (2010) ★★★★

「オリバー・ツイスト」のように、貧しい中で健気に生きている少年の話。誰でも楽しめるファミリー映画で、期待を裏切られることなく、ある程度展開が予想できる(?)おじいちゃんが、自分の幼少期を話して聞かせる形で映画が始まる。以下は感想というよりは、話のあらすじ。

1980年代、ノルウェイの貧しい家庭に生まれたヨハン(Robin Pedersen Daniel)。金髪の男兄弟が五人ほどいた。一番の末っ子は、病気がちで咳がとまらない。冬になって雪が積もると、食料も底をついてきて、生活できなくなる。子供たちを農場へ出稼ぎに行かせるという誘いもあったが、父親は絶対に息子たちをそんなところへやりたくなかった。家族を置いて、自分だけで出稼ぎに行く。しかし、父親がいないときに、母親が死産をしてしまう。兄弟たちは、この不幸をヨハンのせいにする。ヨハンは、働かずに、ハーモニカを吹いたり、動物を追いかけたり、自分勝手なところがあったので、彼にあたったのだった。内緒でヨハンの名前を出稼ぎリストにサインする。

ヨハンは、同じように農場に引き取られる子供たちと列をなして、険しい山を下りる。その時友達になったのが、女の子のアナと幼い弟のオライだった。

ヨハンが働くことになった農場には、意地悪な兄弟がいた。汚い恰好をしているヨハンを見ると、馬鹿にしたように笑う。そして、仕事を少しさぼっているのを見つけると、お父さんに大げさに告げ口し、真に受けた父親は、ヨハンの手を鞭で打つのだった。

アナとは、たまに会うことができた。数少ない味方だった。しかし、アナはいつも元気がない。足や顔には痛々しい痣がある。アナの仕事先の農場は、ヨハンのところより意地悪な農場主がいた。そしてあるとき、アナの代わりに別の男の子がやってくる。アナはどうしたんだ?と聞くと、死んだよと言われる。

アナが死んでしまったと聞き、悪夢にうなされるヨハン。思わず、農場を飛び出して、アナのところへ向かう。するとアナは生きていた。死んだと聞かされていたのはデマだった。しかし病気を患っており、幼い弟と一緒に馬小屋のわらの上で寝たきりになっていた。何とか助け出そうと、放浪しているジプシーたちに協力を求めて、アナを救出する。

船で各国を旅していたヨハンの父親が故郷に戻ってくる。港で、息子が出稼ぎに出ていると聞かされ、ヨハンが逃げ出してきた農場へ向かい、息子の足取りをたどる。

アナとオライとヨハンは、夕暮れ時に、魚を捕まえて、たき火をしていた。暗くなってきた頃に、大きなクマが現れる。ヨハンは、火を使ってクマを追い払おうとするのだが、突然銃声が響いて、クマが倒れる、ヨハンの父親その場にやってきて、クマを撃ったのだった。親子の再会だった。

翌日、家畜を食い荒らすクマを倒してくれたということで、ヨハンと父親は、農場主からお礼をたくさんもらう。ヨハンに意地悪ばかりしていた兄弟も、ヨハンに靴をプレゼントしたり、反省していた。無事家族のもとに帰り、ハッピーエンド。死産をした母親を思ってか、アナとオライも、家族の仲間に入れる。


1er amour (2013)

1er amour (2013) ★★★★

憎いほど映像が美しかった。夏休み、山の中の別荘にやってきた父母息子の三人。緑生い茂る大自然の中、太陽の光をたっぷり浴びて、優雅にランチ。テーブルの上には赤ワインなんかおいてあって、フランス語で流暢におしゃべり。うらやましすぎる夏休み。しかし、浮かれすぎていたせいか、近所の住民との関係が色恋沙汰に発展し、家族はバラバラになり始める。。

13歳のアントワーヌ(Loïc Esteves)は、隣に住んでいる女の子に一目ぼれをする。タイトルを日本語に訳すと「初恋」。彼の甘酸っぱくて切ない初恋物語である。初めて女の子を好きになるのだが、その子にはすでにボーイフレンドがいた。目の前でいちゃいちゃする二人を、さびしそうに眺めることしかできないアントワーヌ。

アントワーヌが恋に落ちる女の子、アンナは、精神的に不安定だった。両親がいない間に、部屋に男友達、アントワーヌを呼び込んで、クラブミュージックもガンガンかけて、煙草を吸ったりドラッグをやったりしている。ちょっとだけやってみないかと、ジュースの中に混ぜ、アントワーヌにも飲ませるのだった。そこからのアントワーヌが、ぼんやりと虚ろな目をして、フラフラで、なんとも言えない色気を漂わせていた。彼の魅力たっぷりに作られたような映画。

オナニーする場面があった。好きな女の子にドラッグを盛られて、ふわふわしながら家に戻ってきて、窓から月明かりの空をぼんやり見つめる。ベッドに横になって、あの子のことを考えながら、しこしこし始めると、「こんな時間までどこに行ってたの!?」と、いきなり母親が入ってくる。ぎりぎりばれずに済んだ。

実らぬ初恋によって落ち込んでいるアントワーヌが、大自然の中を、クラシック音楽に合わせて歩き回る。そういう美しい場面が多い。誰にも悩みを相談できずに、自分の中にため込んでいくアントワーヌ。しかも、そんな風に歩き回っているうちに、次から次へとショッキングなことばかり目撃してしまう。特に、父親とアンナが、木陰でキスや、それ以上のことまでやっているところに遭遇したとき、アントワーヌは思わず涙を流す。

それにしても、アントワーヌの父親もどうかと思う。ずいぶん年の離れた女の子と、しかも野外でいやらしいことをし始めるのだ。息子のアントワーヌに見られてしまい、父親の威厳が完全になくなる。ただアントワーヌも、このことを誰かに言ってしまえば、家庭が崩壊してしまうかもしれず、誰にも言えない。まさか好きな女の子が、自分の父親と…

そしてそのあとの食事のシーン。アントワーヌは、テーブルに置いてある料理には目もくれず、父親をずっと睨みつけている。父親もその鋭い視線を痛いぐらい感じているのだが、恐る恐るちらっとアントワーヌを見るだけで、すぐに目をそらす。そんな二人の異常さを母親も察する。昼間の太陽に照らされ美しい緑の中、その場だけが異様な冷たさ。

最終的に、父親と女の子とのことは、みんなに知れ渡ってしまう。母親は泣いて、女の子は、海の方へ駆けていき、飛び込む。そしてアントワーヌは、女の子を追いかけて、おぼれているその子を救い上げるのだった。


2014/09/06

シェフ (2014)

Chef (2014) ★★★★

飛行機の機内で鑑賞。有名なシェフだったカールが、自分の料理を評論家にめちゃくちゃにけなされたことをきっかけに、トラック屋台でサンドイッチを売る商売を始める。彼にとっては屈辱的な成り下がりだったが、息子のパーシー(Emjay Anthony)と協力して屋台をまわしていくうちに、これまでほったらかしだった彼との絆が深まったり、妻や友達のありがたみを実感して生き方を改めるのだった。

初めこそ嫌な仕事だと感じても、やっているうちにやりがいを見出せるという内容に勇気をもらえた。辛い状況になっても、その分家族一丸となって乗り越えていけるし、前向きに一生懸命やっていればきっと良いことがあると思えた。

包丁で野菜を切ったり、パンをあげたり、見ていて気持ち良いぐらいの手際のよさ。これほど料理がおいしそうに見える映画は他には知らない。彼らが作る料理がジャンクフードという馴染み深い食べ物だったのでそう思えたのかもしれない。チーズのとろーり加減など最高だった。

ツイッターがキーアイテムとなって話が進んでいく。息子のパーシーは、ネットに疎い父親の変わりに、SNSを使いこなしてトラック屋台の宣伝を担当するのだった。市場で材料を仕入れて回っている最中に、さりげなくツイッターでつぶやいて、戻ってくる頃にはトラック屋台の周りに人が列を作って今か今かと開店を待ちわびているのだった。短い動画をアップできるコンテンツ、「vine」なども登場してきて、そういえばこのアプリ知ってる、こんなのも映画に出てくるようになったのか、と思った。10歳の息子が器用にスマホを使いこなしている様子を見てカールは驚いていたが、自分も彼と同じように驚いたので、そろそろ時代の変化に疎くなっているのかもしれない。

ちょうど、ひと夏の体験を描いた話だったので、旅行帰りの自分の境遇と重なって感情移入できた。パーシーは夏休みを利用して、普段は厨房にも入れさせてくれなかった父親と、屋台の厨房でせっせと肉を焼きながら各地を回った。終盤になると、そんな夏休みの日々を一日一秒撮りためてあったvineの動画をつなぎ合わせて、父親にメールで送るのだった。(画像10) 「ニューシネマパラダイス」のキスシーンのつなぎ合わせを観たときのような感動があった。息子が作ったその動画を見ながらカールは目に涙をためていたが、真っ暗な機内で自分も目をうるうるさせてしまった。やっぱり夏休みは一年で一番楽しい期間。来年からは仕事なのでそんな夏休みはなし。

個人的に、父親と息子の関係を描いた作品にぐっと来るものがある。この映画もそのひとつ。コメディタッチなので、テーマやメッセージなど、押し付けがましくもない。「スコットと朝食を」のように、ハートフルな映画だった。機内の小さい画面で観たとはいえ、本当にいい映画だったと思う。

2014/06/23

太陽と月に背いて (1995)

Total Eclipse (1995) ★★★★

レオナルド・ディカプリオが一番美しい時期の出演作だと思う。そんな彼が裸になってお尻を出したり、おじさんとキスしたり、セックスまでする。2人は仕事のパートナーとして一緒にいるのだが、ある時から愛が芽生えてきて…と言う感じである。

今でもかっこよくて活躍しているディカプリオだが、最近では「ジャンゴ 繋がれざる者」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」など、ちょっと狂った役が多い。この「太陽と月に背いて」を観終わると、彼はキャーキャー言われるアイドル的な俳優ではなくて、どんな役でも体当たりで演じる実力派(?)なのだと認識し直した。おじさんとキスするシーンや裸でじゃれあうシーンでも、どんなおかしなことでも活き活き演じている印象だった。出演当時は二十歳ぐらいだが、持前の童顔っぷりで設定の16歳でも全く違和感がなかった。

ランボー(Leonardo DiCaprio)は、がさつなふるまいからは想像もできないくらい詩を書く才能に長けていた。高僧に構えている先輩詩人たちに食ってかかる。偉そうに詩を朗読しているおじさんにおしっこをかける。ストーリーは二の次で、ランボーから目が離せなくなる映画だった。恋人のおじさんの手のひらにナイフを突き立てたてたり、逆に今度はおじさんがランボーの手のひらに銃弾を撃ちこんだり…よく分からない不思議な関係の二人だったが、愛し合っているようだった。

2014/05/19

私の息子 (2006)

Mon fils à moi (2006) ★★★★

主役のジュリアンを演じたVictor Sévaux君が可愛かったので鑑賞。そんな理由で観たので、まさかの衝撃的な内容にびっくり。母親に操り人形のように扱われて、ちょっと逆らっただけでぼこぼこ殴られ、蹴られるジュリアン…。

ジュリアンは、大学教授である父親を持ち、いいところに住んでいるお坊ちゃま少年だった。しかし、彼の母親がどうもおかしかった。息子に対する愛情が行き過ぎておかしなことになっているのだと思う。自分の息子を思い通りにしておきたくてノイローゼ気味である。ジュリアンが見たことのない服を着ているだけで、「そんな趣味の悪い服、どこから手に入れてきたの?今すぐ脱ぎなさい!」と言われたり、「サッカーか、お母さんと過ごす時間のどっちを取るの?」と、ジュリアンが所属するクラブの練習を無理やり休まされたりする。心優しいジュリアンは、反抗することなく、嫌なことがあっても自分の中にため込んでいくタイプの少年だった。言葉には出さないが、夕食を目の前にしてもフォークで突いているだけで、まったく口にしない。姉は、彼が夜になると泣いているのをいつも聞いているそうだ。父親は完全に無関心。「仕事が忙しい」の一点張りで、家族とまともに向き合おうとしていない。

ジュリアンにはアリスという好きな女の子がいた。彼女と会う予定の日には、もともとつるつるな顔を入念にシェービングして、気合十分だった。実際にアリスも、ジュリアンの頬を撫でながら喜んでくれていた。しかし、母親は違った。家に帰ると、母親がそばに来てジュリアンの頬に手を当て、気に入らないと言われるのだった。自分の息子に好きな女の子がいることが気に食わないのだった。アリスからジュリアンのもとへ届いた手紙を見つけると、グチャグチャにして捨ててしまうのだった。後になって、ごみ箱のなかで破り捨てられている自分あての手紙を発見したジュリアンは、母親に機嫌を直してもらおうと、アリスにあげるはずのチョコレートを、母親にプレゼントするのだった。しかしここでも逆効果。気に入ってもらえるどころか、また大声で叱られるのだった。

次に、これは少しあくどい演出だなと思ったが、ジュリアンの不憫な体験をもう一つ。家にいなさいという言いつけを破り、思い切って家出してきてパーティーに向かう場面がある。自転車を漕ぐジュリアンはいつになく楽しそうだった。会場でアリスと落ち合って、静かな部屋で良い感じに、アリスがジュリアンの上着のボタンをはずしていくシーンがある。(画像7)観ているこっちもドキドキだった。しかし、ボタンをはずし終わりロマンチックが最高潮に達したところで、友達があわてて入ってきて、「ジュリアン!お母さんが探してるよ!」である。その後のアリスとのことはあきらめるしかなく、必死で自転車を漕いで家に戻るジュリアン。道路で家族が運転する車とすれ違い、顔を真っ赤にした母親が下りてきて、道の真ん中でジュリアンを殴る。(画像8)

そして、ジュリアンが一番可哀そうだと思った場面。それはお風呂上がりの時である。タオルを巻いて出てきて、自分の部屋で着替えようとしていたのだが、そこにいきなり母親が入ってくる。驚いたジュリアンは、手で下半身を隠すのだが、「なぜ隠す必要があるの?手をどけなさい!」と命令される。母親に思いっきり見られている中で、しぶしぶ言うとおりにさせられるのだった。母親に裸を見られるなんて、思春期の男の子にとっては死にたいぐらい恥ずかしいことなのに。(画像3)

終盤に向かうにつれて、母親によるジュリアンへの暴力はエスカレートしていく。ジュリアンはいつも、家にいるときはちゃんとした服装をしているのだが、学校で友達といるときには、シャツをズボンから出して、髪をぼさぼさにして過ごしている。学校が終わり家に帰る途中で、また髪を整えてしゃきっとした格好に戻していた。ところがあるとき、母親が学校にやってきて、不良のような恰好をしているジュリアンは見つかってしまう。その姿を見るや否や、友達の前でジュリアンに平手打ちである。

さすがのジュリアンももう耐えきれなかった。あるときの放課後のジュリアンはいつもと違った。普段だったら、家に入る前に髪を正すのだが、ぼさぼさの髪のまま、あと友達から借りた拳銃も持って、母親に挑んでいく。(画像16)

2014/05/13

Måske ku' vi (1977)

Måske ku' vi (1977) ★★★★

脚本があの「Du er ikke alene」の監督、ラッセ・ニールセンと言うことで鑑賞。ただ今回は脚本のみで監督ではないからか、ホモ描写はなし。少年少女の現実逃避的なラブストーリーである。ちなみにラッセ・ニールセンはインタビューで、「好きなComing of age film(思春期映画)は?」と聞かれたときに、トリュフォーの「野性の少年」「大人は判ってくれない」や、「顔のない天使」「Streetwise」「春のめざめ」「I am Gabriel」、また日本映画の「誰も知らない」などを挙げている。

「Du er ikke alene」の主役の少年はキムと言ったが、今回の主役の少年もキムである。他のキャストの中にもなじみのある顔がいくつかあった。長髪で女の子みたいな顔をした男子が多い。そんな中でヒロインのマリアンは、女の子ではあるがきりっとした顔つきをしているので、性別がごちゃごちゃになっている感がある(?)

遊びたいのに、宿題があったり親がうるさかったりして、とにかく自由になりたい!という感じの思春期ものである。キム(Karl Wagner)と友達のオウルはつるんで街で騒ぎ、人に迷惑をかけている。映画館でブルース・リーのポスターを見れば、キャーキャー言いながらクンフーごっこである。パーティーに参加すれば、お酒を飲んで酔っ払い女の子に体を触られたりキスされたり。翌日に学校の更衣室で「昨日は指でやったぜ」とか男同士でニヤニヤ話している。

後半からの展開が面白くて、まさに自分にとっての理想的な生活だった。現実ではありえないかもしれないが、夢見心地でふわふわして観られる。キムがたまたま銀行に訪れたときに、銀行強盗が入ってきて、キムとそこにいた女の子のマリアンが車に乗せられて誘拐されるのである。そして山奥に連れて行かれるのだが、たどり着いた場所が、銀行強盗してきた後に向かうところとは考えられない、夏休みに過ごしに行く別荘のようなところなのだ。キムとマリアンは捕まってはいるのだが、犯人たちは好意的で、ろうそくが立てられている良い感じのテーブルで一緒にディナーである。そのあとはお酒を飲みながら、盗んできた本物の紙幣を使ってボードゲームをし、さらにキムとマリアンは、同じ部屋で寝ているので、お互いくっついていくというパターンである。

それでも2人は犯人たちの隙をついて逃げ出してくる。どこに向かっているのかも分からないでとにかく走っていると、これまたおしゃれな別荘を見つけるのだった。そこにはシャワーもついていて、食べ物もワインも置いてあり、2人でしばらくそこで過ごすことにする。2人だけの空間、裸になってロマンチックにいちゃいちゃし始める。別の日になると、別荘の持ち主の息子とその友達たちが現れ、5人の少年少女は学校にも行かず、森でキノコを採ったり、ギターを弾いたり、クンフーごっこをしたりして自由気ままな生活を送る。街に買い出しに行く時も、誘拐された子供だということがばれて、連れ戻されないように、フードを深くかぶっている。雑貨屋で誘拐された自分たちが一面に載っている新聞を見つけて喜んでいる。

パトカーがキムたちの過ごしている山まで捜索に来たときには、ようやく助けられるというのに、彼らにとっては逆に拘束されに行くようなものだった。街に戻ってきて母親がうれしそうにキムに抱きつくが、彼は無表情のまま。ラストでは、マリアンと引き裂かれ、「大人は判ってくれない」的な、やるせない顔が映ったところでカメラが止まり、アップになっていくという終わり方だった。




ジョー (2013) <未>

Joe (2013) ★★★★

MUD -マッド-」に出演したTye Sheridan君の次の映画出演作。ニコラス・ケイジ扮するジョーと、少年ギャリー(Tye Sheridan)の友情もの。めちゃくちゃな家庭で苦しんでいる少年の姿や、粗暴な男と少年の絆、あるところで毒蛇が現れたりするところなど、前作の「MUD -マッド-」と似ている部分が多い。また、「グラン・トリノ」を参考にしているのか、咳き込んでいて末期を予感させる一人の男が、少年のために自らを犠牲にし、その後少年がその男の車と連れていた犬を引き継ぐあたりなどは同じ。

辛い環境でもひたむきに頑張っている少年を演じさせるならTye Sheridan君、というように彼はキャラクターを確立させたように思う。そんなに顔が綺麗なタイプではないが、まだまだ若いながらいろんな苦楽を経験してきたような表情、笑顔は魅力的だと思う。劇中でギャリーは女の落とし方なるものをジョーに教えられるが、その内容はというと、さわやかな笑顔を振りまけ、とかなんかではなく、辛そうに、でも頑張って笑うような表情を作れ、というものである。「この笑顔で多くの女と寝てきた」と誇らしげであったが、これはニコラス・ケイジのあの独特なスマイルを皮肉ったギャグだったら面白い。

舞台となっているのは、人間関係がドロドロしていて、嫌な雰囲気で満ちている田舎町である。いま思いつく限りでは、今公開されているヒュー・ジャックマンの「プリズナーズ」、これから日本でも公開されるかもしれないシルベスタ・スタローン脚本の「Homefront」のあの感じ。ギャリーの父親は、禿げあがっていて白髪の長髪。浮浪者のような見てくれで、父親と言うよりはじいさん。どうしようもない奴で、息子が働いてもらってきた金を殴って奪い取るような父親である。そんな状況でも、家族は一番大切にしなければならないものだと教えられてきて、自分でもそう信じているギャリーは、ジョーのところで仕事を見つけ、「親父も一緒に働けるかい」と頼み、飲んだくれの父親をどうにか更生させようと健気である。ジョーはそんなギャリー様子を見て、これでは駄目だと彼のことを気にかけるようになる。ギャリーにとって頼りになる存在はジョーだけだったが、彼は前科を持っていて警察に盾突き、他人とけんかになるとぶちのめし、その報復で左肩をライフルで撃ち抜かれたり、生傷の絶えない男であった。

ジョーたちのやっている仕事が不思議なものだった。森の中で、謎の液体を放出する斧のようなものを振りおろし、樹をぐちゃぐちゃやっているのである。まるで樹の傷ついた部分から血でも噴き出しているかのようなグロテスクな描写だった。実はその液体は何かしらの毒で、それを浸透させることで必要のない樹を枯らしているのだった。

2014/03/28

ザ・ドゥ=デカ=ペンタスロン (2012)

The Do-Deca-Pentathlon(2012) ★★★★

二か月ぶりの更新は、ロン毛少年が登場する映画です。兄のマーク、弟のジェレミーのひねくれ者兄弟が、卓球やビリヤードで競い合い、どちらが強いか勝負する話。メタボなお腹を揺らしながら意地になってマラソンしたりプールを泳いだりする兄弟。どちらを応援するでもなく、なんとなく様子を見ているハンター少年(Reid Williams)。

男の兄弟と言うのは、この映画の二人のように、いがみ合ってることが多いと思う。それは大人になっても一緒なのか。子供のように、何の意味もない争いを続けている。兄のマークの方は、奥さんもいて息子のハンターもいて、一見良好な家族を築いている。弟のジェレミーは、定職に就かず、ポーカーで稼いだ金で食っている。お互いがお互いの生活を羨ましがっているのだ。マークからしてみれば、自由気ままに生活している弟のことがうらやましい。弟のジェレミーは、兄のように安定した生活を望んでいる。

兄のマークは、癇癪持ちだった。精神安定剤のようなものを飲みながら、気が狂いそうな日々をなんとか過ごしてきた。ところが、弟のジェレミーが実家にやってきてからというもの、少年時代に競い合い、中途半端に終わっていたドゥ=デカ(二人だけのオリンピックのようなもの)の決着をつけることになり、片鱗を見せ始める。弟のジェレミーは兄のことを「あいつは羊の皮を被ったオオカミだ」と言っていた。マークは奥さんから家で過ごすように言われても、ジョギングに行ってくるだとか適当な理由をつけて、ジェレミーの前に現れ、やれ走り幅跳びだ、やれゲートボールだと、顔を真っ赤にしながら挑んでくる。ときどき暴れだす父を、切ない表情で眺めるハンター。

最終的には、ガチンコの殴り合いに。表通りに出て、大人げなく意地の張り合いである。ところが今回も勝負は曖昧に。とうとう別れの日となると、ちょっとだけ二人の間に絆のようなものが生まれる。どうしようもないおっさん連中を見ていながら、純粋な少年二人を見ていたようだった。

2014/01/25

ザ・フリーマン (2013) <未>

Cyanure (2013) ★★★★

原題の意味は「青酸カリ」。アシール(Alexandre Etzlinger)の目線で、家族の再生を描いている。14歳になったアシールは父親のジョーが刑務所から出所してくるのを待ち望んでいた。会ったことのないジョーに対していろんな期待を抱いていた。ところが、出所してきたジョーは、アシールに冷たかった。「自分の息子かどうかも分からない」と言われる。

アシールの母親、ペネロピは、粗暴なジョーとは縁を切りたいと考えていて、バイト先のチーフといい関係を築いていた。アシールにとってはそれが気に食わず、ジョーに成りすまして、母親にラブレターを書いたりし、二人をくっつけようとする。あきらめずに幸せを掴もうとするアシールだった。母親には内緒で、夜中に布団を持って、ジョーのところへ行ったりする。次第に、アシールとジョーは仲良くなっていく。

一方、母親のペネロピは、ジョーのことをなかなか受け入れない。バイト先のチーフといちゃいちゃして、ジョーのことを考えないようにしている。ただ、ある夜は、ドラッグを吸いながら、過去にジョーとベッドを共にしたことなど思い浮かべている。どうしてもジョーのことが気になってしまうのだった。

セックスシーンでヘビメタが流れたり、さらっとおっぱいやちんこが映っていたり、笑ってしまう。アシールの中二病的な妄想も面白かった。銃を扱っていて暴発し目をけがした時は、数日で治るようなけがなのに、アシールの中では左右で瞳の色が違う、特別な男に生まれ変わったようだった。妄想の中では、そんな左右で色の違う目をして、建物を爆破させたりする。

結局、ジョーはまた刑務所に入れられる。ずっと一緒にいようと約束していたのに、そんなのことになってしまって、アシールはやつれていく。刑務所に面会しに行くも、ジョーのほうも参っている。そして、今度来るときは、青酸カリを持ってきてくれと、ジョーに頼まれる。

後日アシールは、手作りクッキーの中に、頼まれた青酸カリを入れて持っていく。ジョーはそのクッキーを口にする。時間が来て、面会室を出るアシールだったが、その場でポケットからもう一つ用意していた毒入りのクッキーを取り出して食べる。二人とも病院に運ばれる…。
Alexandre Etzlinger

2014/01/19

エンダーのゲーム (2013)

Ender's Game (2013) ★★★★

日本での公開も遅めだし、「エンダーのゲーム」というタイトルにもいまいち惹かれなかったし、普通ならスルーするところだが、エイサ君が出演しているということで観てきた。服の上からでもわかるほっそりした体型で声変わりも済み、中学生らしくなっていた。

映画館で見かけたポスターに「お父さんは<サード>の僕なんて欲しくなかったんだ」とキャッチフレーズみたいなのが付けられていたが、内容を観てみると、お父さんとのやりとりなんてほとんどないし、欲しくなかったどころか、宇宙船のメンバーみんながエンダー(Asa Butterfield)を頼りにしている。カエサル、ナポレオンのようになるべき男だと期待されていた。「エヴァンゲリオン」のような雰囲気ですよということで、日本では売り込んでいるのだと思う。別にいいのだが、内容からはずれてまでそれをするのかと思ってがっかり。

簡単に言うと、エイリアンVS人類という物語で、来るべき大戦に向けて数十人の選ばれた子供たちが、非情な司令官のもと、戦闘シミュレーションを重ねていく。エンダーは、天才的な戦術でチームを指揮するし、いざマンツーマンの肉弾戦となっても、絶対に負けない。エンダーが強くなっていく過程もあったら良かったなと思った。

自分的に一番良かったシーンは、チーム対抗バトルの時の、無重力空間でエンダーがくるっと宙返りをしながら、あたりに浮遊している光線銃をうまいことキャッチし、二丁拳銃でバンバン撃つ場面。観ていて気持ちよかった。「キックアス」のヒットガールが、敵のアジトに乗り込んで行ったときの、空中で二丁拳銃を装填するあのシーンのような気持ちよさ。今回は無重力なので、あの時のような違和感もなかった。

映画全体を通して、盛り上がれる場面が今一つないなと思った。エンダーが葛藤や悩みなど抱えていてずっと暗い。最近よくある悩めるヒーロー。あと、ネタバレになるが、最後の戦闘にしても、こっちはシミュレーションだと思って観ていて、むしろ後で起こる実戦のほうに期待している。しかし練習だと思って観ていた戦いが、実は本当にやっていたことだったと明かされて、肩すかしを食らう。「あれ、おわっちゃったのか」と言う感じ。戦争に勝っても盛り上がることはなく、エンダーは、知らないうちに相手を全滅させてしまったことを悔いて涙を流す。結局、エイリアンたちを倒して目的達成したはずなのに、別の惑星で、また1からエイリアンを繁栄させようとするところで終わっている。ハリソン・フォードが上官役で出ていたが、ずっと渋い顔をしているだけだった。

2013/12/01

ニュー・シネマ・パラダイス (1988)

Nuovo Cinema Paradiso (1988) ★★★★

DVDでは観たことあったが、今回映画館で鑑賞。初見の時は期待して観たはいいものの、どこが良いのか正直わからなかった。尺も長い。ただ今回見直してみると、目頭が熱くなるほど良かった。

自分にとって苦手と言うか、よく分からないのがラブストーリー。この映画は大きく分けて、トトの少年時代(Antonella Attili)、青年期、大人になってから、と3つに分かれる。少年時代が終わるまではぐいぐい引き込まれるのだが、青年期になると、どこの誰だかわからないような女の人とのラブストーリーになってくるのでテンションが下がる。手でくるくるとフィルムを回して映画を上映しないといけないのに、そんなのほったらかしで2人はキスをしている。入場料を払って映画を見に来たどれだけの人に迷惑がかかったことか。

トトとその女の人は、離ればなれになって連絡が取れなくなるのだが、会いたいならちゃんと連絡先を交換しておけよと、まずは思った。ただそのあとに、昔は今みたいに連絡を取り合える時代ではなかったのかと思い直したら、なんだかこの映画の出来事すべてに感動してきた。後から気づいても取り戻せない過去!今ではしつこいぐらいに電話やメールやネットで繋がっているので、別の意味で人との繋がりが薄くなっているような気がする。

今回の劇場版は、以前DVDで観たものと比べて、所々カットされていたと思う。特にラストが思い切りカットされていたのだが、それが良かった。たしか完全版だと、一度は会えなくなったトトと女の人が、何十年後かに、車の中で会っているシーンがあった。それがあるのとないのとでは全然違う。会えないからこそ良い。トトが将来立派な仕事に就いて偉くなってしまうのも寂しさを誘い、少年だったころのトトが一生懸命集めていたフィルムの切れ端を、大人になってから1人だけで観ているラストは切なさが最高潮だった。「ここは俺の広場だ!」と言ってばかりいたあの人は、周りとは対照的にずっと変わらない。

2013/11/17

ラスキーズ (1987)

Russkies (1987) ★★★★

リヴァー・フェニックスの弟、リーフ・フェニックスと、これまた彼の妹の、サマー・フェニックスが共演している。

仲良し3人組の、ダニー(Leaf Phoenix)とアダム(Peter Billingsley)とジェイソン(Stefan DeSalle)は、いわゆる戦争オタク。「第三次世界大戦の勃発だ!」とか「核戦争が始まるぞ!」とか、過激なことを口にする。特にダニーが言い放った、「お前の親父は、良心的戦争拒否者か!」には笑った。「お前は親父譲りのリベラル派か!」。それで、何でも物事を決めるときには、民主主義にならって、多数決をとる。そんな彼らがあるとき、ロシア人の漂流者、ミーシャ出会う。

3人はミーシャを見つけて怖がる様子はなく、漫画で見た世界が現実に現れたという感じで、すごく楽しそうだった。ミーシャの持っていた銃を取り上げて、彼を縛って、アメリカ兵さながらに尋問をする。しかし、すぐにトランプで遊ぶほど仲良くなる。ちゃっかりとロシア語も教えてもらう。そして、彼をロシアに帰す作戦を考え始める。

最後の一番の盛り上がりの場面は、もはや荒唐無稽という感じだったが、それまでの少年3人とミーシャの交流は面白かった。お金をどこから取ってきたのかと思ったが、ミーシャのために服を一式買ってあげて、マクドナルドにも連れて行ってあげる。一緒にプリクラも撮る。ジェイソンは、ボートの操縦ができるので、ミーシャ出国作戦の際には、彼がボートを運転し、まずはキューバに向かうというものだった。行動力のある少年たちだった。「1時間後に、ここに集合な」と言うと、「ラジャー!」と言った感じで、3人一緒に腕時計のタイマーをピピピとセットする。

時代的に、アメリカとロシアの関係が悪い時期だったこともあるのか、少年たちの両親と、迎えに来たロシアの水兵たちが心を通わせて仲良くなるというハッピーエンドだった。

2013/11/10

セ・ラ・ヴィ (1990)

La Baule-les-Pins (1990) ★★★★

姉妹のフレデリック(Julie Bataille)とソフィー(Candice Lefranc)が夏休みに親戚のところへ遊びに行く。両親は離婚寸前。子供たちは海辺で楽しく過ごしているのだが、大人たちはいろいろと揉めている。「フランスの思い出」のような感じ。

映画の中の子供たちがとても楽しそうで、あのころのような楽しい時間は、これからの人生にはもうないのだろうなと思って、切なくなった。でもまた違う楽しいことがあるのだと思っておこう。一番年下のティティをからかって、石鹸を食べさせたり、金魚が泳いでいるところに座薬を入れて、そのせいで色が白くなった金魚を見て大笑いしたり、海岸で催された砂の芸術コンテストに出場したりと、とても楽しそうだった。

近くに海岸があって、好きな時に泳ぎに行ける。思いっきりはしゃぐ子供たちだが、現地の子たちが所属しているクラブが浜辺を陣取っている。勝手に遊具で遊んでいると、監視しているおじさんに笛を鳴らされて怒られる。軽い差別を受けていた。砂の芸術コンテストでは、レネは一等賞を取るのだが、クラブの会員ではなかったので無効となる。子供たちは腹いせに、クラブが所有する遊具に火をつけるのだった。

子供たちだけで、夜中に冒険も敢行する。グループのお兄ちゃん的存在のダニエルが、「拷問の館」を見つけたというのだ。子供たちは、「拷問の館」を一目見たくて、ぞろぞろと歩いていく。結局そんな館は見つからず、家に帰って大人たちに怒鳴られる。

長女のフレデリックが、まだ出会ったことのない誰かに向けて、日記につけていくというのが美しかった。結局、姉妹の両親は離婚することになって夏が終わる。


2013/11/08

僕のアントワーヌ叔父さん (1971)

Mon oncle Antoine (1971) ★★★★

不思議な映画だった。前半と後半で雰囲気ががらりと変わる。前半は、「トリュフォーの思春期」のように、街の人たちの楽しげな様子が見られる。しかし後半になると、主人公のブノワ(Jacques Gagnon)に試練的なものが課せられて、とんでもないラストを迎える。ユーモアにあふれているという点では「トリュフォーの思春期」と似ているが、この映画のそれはよりブラック。主役のブノワが美少女を押し倒しておっぱいを揉むシーンなどあり。ストーリー性を排したような作品なので、退屈になってもおかしくないが、雰囲気だけでも十分に楽しめた。田舎の風景や、レトロな色調、そして美男美女。

印象的だった後半の場面。
ブノワの家は葬儀屋をやっていて、人が亡くなると、その家まで遺体を引き取りに行く。時代設定が古いので、自動車ではなく、馬車で何時間もかけて往復する。あるとき、叔父さんのアントワーヌに連れられて、ブノワも一緒に遺体を取りに行くことになる。彼は好奇心にあふれていた。

しかし、亡くなったのは、ブノワと年齢のそんなに変わらない男の子だった。家に着くと母親は泣いている。そんな雰囲気の中、2人は用意されていたごちそうを味わう余裕はなく、アントワーヌは酒を飲まずにはいられない。ブノワもキョロキョロして落ち着かない様子。

男の子の遺体を入れた棺桶を馬車の荷台に乗せて、来た道を引き返す2人。アントワーヌは完全に酔っぱらって眠っている。ブノワは一人でぼうっと馬車に揺られていたが、アントワーヌの懐から酒瓶を取り出して、ぐいぐい飲み始める。そして、手綱を振り回して馬車のスピードを上げていく。

すると、男の子を入れた棺桶が、雪の積もった道に落っこちてしまう。すぐに馬車を止め、棺桶を積みなおそうとするが、上手くいかない(重たいし、片腕を骨折しているから)。アントワーヌは酔っぱらっていて役に立たない。どうすることもできないブノワは、棺桶を雪の積もる道にそのまま放置して、家へ引き返す。

家に着くや否や、ばったり横になって動かないブノワ。死体を放置してきたというのに、2人は本当に無責任。酔っぱらっていて夢見心地。

そのあとようやく、棺桶を探しに、来た道を戻るブノワたち。しかし見つからず、結局男の子の家にたどり着いてしまう。窓からこっそり中を覗くと、家の人たちは棺桶を囲んで、泣き崩れている。窓越しに、何とも言えない表情をしているブノワの顔がアップになって、ストップし、エンドロールが流れる。


2013/10/06

ジグザグキッドの不思議な旅 (2012)

Nono, het Zigzag Kind (2012) ★★★★

ジグザグキッドことノノを演じたのは、トーマス・サイモン君(Thomas Simon)。昨日記事にした「Is Anybody There」で、今一番推したい子役はビル・ミルナー君だと書いたが、今日見たこの映画のトーマス君も、彼に並んでお気に入りになった。日本で劇場公開はされてないみたいだが、DVDが発売されている。レンタルもある。

トーマス・サイモン君ばかりを見ていたら、字幕を読み逃して、何度も巻き戻し(この言い方古い?)をするはめに。唇がセクシー。このときはまだあどけなくて可愛い感じだったが、すぐにかっこよくてセクシーで、イケメンな俳優になりそう。

ストーリーはというと、ほのぼのしていて、感動できて、ハッピーエンド。文句のつけどころのない楽しい映画。ノノは、凄腕の刑事である父親にあこがれている。母親については何も知らない。ノノが物心つくころには、すでにいなかった。父も、母のことについて何も言わない。父の秘書である、太ったおばさんのガビーが、ノノの母親代わり。ノノもガビーを慕っている。

ノノはいつも青いポロシャツを着ているのだが、ボタンをはめていなかったので、胸元が開いててとてもセクシー。ネックレスをしているのがまた良い。寝るときは、ズボンとシャツを脱いで、赤パンツに水色タンクトップという姿になるのだが、ズボンを脱ぐときに、どこか恥ずかしそうだった。脱いだらすぐに、隠れるようにベッドの中にもぐっていた。(画像10, 11 気のせいかもしれないです)

それから、劇中で特に意味もなく、女装をする。かつらをかぶって、スカートをはくのだが、ここでも恥ずかしかったのか、スカートの下にズボンをはいていた。そのことがこの映画で一番残念だった。サイモン君は、ちょうど思春期で恥ずかしいさかりなのかもしれない。タンクトップも脱いでほしかったけど。
Thomas Simon Gallery