Osada havranu (1978) ★★★
大昔、石器時代の話。一時間ぐらいで見やすかった。敵対する部族との争いや、仲間の裏切り、少年の成長と、わかりやすい物語。紀元前の話だからといって、猿みたいな人間が出てくるわけではなくて、登場人物はみんな白人。毛むくじゃらで汚れていてということもなく、美男美女もいる。
小さい布で隠しているだけなので、露出度が高かった。「蠅の王」「青い珊瑚礁」みたいだった。ただ、「蠅の王」でいうところの残酷な人間関係や、「青い珊瑚礁」の男女二人だけのアダムとイブ的な恋愛物語など、ハラハラドキドキの展開にはならず、普通の社会にも通じる一般的な話だった。男は狩りへ、女は家事。多く獲物が取れた時には、隣の集落に差し入れをして、よい関係を保つ。子供たちは、先輩たちの姿を見て、勉強したり、狩りの練習をしたりして、立派な大人になるための準備をする。
石器時代の映画を見たのは初めてだった。SF映画などで、猿だけの惑星とか、大昔が舞台になっていることがあるが、あくまでフィクション。それらに比べると、一応は当時の生活に近づけているのかもしれない。女の人でもわき毛がぼうぼうだった。その割りに髪の毛や肌はきれい。話とは別のところに注目してしまう映画だった。
2014/10/17
2014/07/15
ぼくの小さな恋人たち (1974)
Mes petites amoureuses (1974) ★★★★★
2年ほど前にレンタルVHSで一度見て、ずっと記憶に残っていたこの映画。いつかDVDを買っておこうと思っていて、ついに購入(中古で約8000円)。なぜこれほど気に入ったのかわからないが、間違いなく主役のマルタン・ロエブの存在は大きいだろう。
少し影のある少年、ダニエル(Martin Loeb)を中心に、ほんとに何も起こらない日常風景が淡々と描かれているだけである。特に、人物が歩くシーンが多くて、本編の3割はただ歩いているシーンだけを見せられたのではないかと思われるほど。それだけ単調で、どうしてこのシーンにこれだけの時間をかけている?と間延びしているようにも思われる。
ただ、そんな場面の中に、なにか美しさみたいなものがある。もちろん、主役のダニエルもかっこいいのだが、彼を取り巻く人間関係が、どこか冷めていて、静かで、ほとんどキャラクター性が分からず、普通の映画でこれをやってしまったら、面白味の何もない駄作になってしまうだろう。ただ、この映画の人物たちは、それでもうまく存在感を出しているように思う。無駄口を一切たたかずに、それでも横一列になって街を歩いていく様子は、ファッションショーか何かのウォーキングを見ているよう。
ダニエルは、ロボットのように、何を考えているのか不明な少年である。頭脳明晰で、試験の成績がよく、新聞に載るほど。しかし「何がしたいの?」と聞かれても、「別に何もない」といい、「卒業したら、僕はお母さんの所へいくらしい」と、自分のこれからの生活なのにもかかわらず「らしい」で片づけてしまっている。彼の父親はすでに亡くなっているか、どこかへ消えてしまっていて、母親は、別の国の男と不倫の関係にあった。中学を卒業すると同時に、近所の幼馴染とお別れをし、母親と男と町に移り、3人で暮らすことになる。収入がなく、せっかく奨学金で高校に通えるのにもかかわらず、町工場で自転車の整備などをする仕事に就かされる。それでも、ダニエルの様子を見ていると、高校に行けないことを悔しがっている様子はあまりない。
ほんとに、どこかの国の、知らない町の、なんでもない情景を見ているだけなのだが、謎の違和感のようなものが画面から伝わってきて、ぼうっと眺めているだけでも心地よい。それこそ、人物たちの歩く様子であったり、ダニエルの、我関せずの振る舞いであったり、一緒にいる仲間のよそよそしさが、その違和感を原因なのではないかと思う。人間的な交流が、ダニエルの女の子へ対する好奇心以外に見られない。
新しい町に引っ越してからのダニエルには、何もなかった。母親は1日中仕事だし、おじさんは畑の仕事をしているとは言っているが、奥さんがいて、どこで何をしているのかわからない。高校へ通って、出来の良い頭を発揮する場もない。そんなダニエルが唯一意識したことが、町の女の子なのであった。後半になるにつれて、ダニエルの関心は女の子で一杯になっていくようだった。男女の出会いの場として知られる並木道をふらふらしたり、なんとなくベンチに座って、目の前のカップルがキスをしているのを眺めている。映画館の薄暗い中で、キスをしている男女を見かけたら、ダニエルも近くに座っている女の子の頭に顔を近づける。そして、思い切ってキスを試してみるのだった。修理工として店の番をしているときも、街行く女性たちを眺め、この時間帯にはあの女性が来る、毎回違う男と一緒にいる女性がいる、という感じで町の女性たちを観察したおす。
終盤になると、青年たち5人ぐらいが一緒になって、全力で女の子をナンパしに行く流れになってくる。ダニエルも、そんな年上の仲間たちと一緒になり、異常なほどにすました様子で、カフェのテラスから女の子を眺めているのだった。慣れないたばこをふかし、足を組んで、男たち全員が同じ視線を女の子たちにおくるのだった。
そして、いよいよダニエルが1人の女の子を捕まえるラストシーン!これまでの違和感が最高潮に達して、不気味過ぎるほどにひたすら歩く!草木が生い茂る中に一本通った長い道を、ダニエルともう一人の男が一緒になって、前の二人の女の子を追いかけて行くのだ。先頭を行く二人の女の子、追いかけるダニエルと隣のもう一人の男、そして抜け駆けを許した残りの男たち三組による、女の子争奪徒競走である。少しぐらい早歩きになっていいものだが、全員が決して焦ることなく、あくまで澄ました様子で道を進んでいく。 それで、ようやくダニエルが女の子に追いついて、唇へのキスを勝ち取るのだった。その瞬間の二人を、ぐるっと回るように映すカメラ。風にそよぎながら、日に照らされ金色に輝く草木。そして、あきらめた残りの男たちがUターンをして、来た道を戻っていく様子。完璧!
ただ、そのまま恋が実るということにはならず、おそらくダニエルと女の子は、その後しばらく会うことはなかっただろう。その女の子とキスをした段階でのダニエルは、まだまだ幼かった。しかし、夏休みに入り、生まれ育った町に戻ってきた彼は、確実に成長していた。女の子を追いかけた新しい街での仲間たちは、ダニエルよりも年上で背が高くて、ダニエルはいろいろと学ぶ側だった。ところが、もともと居た町に戻ってきて、幼馴染たちと再会すると、彼らはダニエルよりも背が低く、ほんの子供のように見えた。そしてダニエルは躊躇なく、一人の女の子を後ろから抱きしめるのだった。そういうところからも、彼の心持の変化が見て取れる。
2年ほど前にレンタルVHSで一度見て、ずっと記憶に残っていたこの映画。いつかDVDを買っておこうと思っていて、ついに購入(中古で約8000円)。なぜこれほど気に入ったのかわからないが、間違いなく主役のマルタン・ロエブの存在は大きいだろう。
少し影のある少年、ダニエル(Martin Loeb)を中心に、ほんとに何も起こらない日常風景が淡々と描かれているだけである。特に、人物が歩くシーンが多くて、本編の3割はただ歩いているシーンだけを見せられたのではないかと思われるほど。それだけ単調で、どうしてこのシーンにこれだけの時間をかけている?と間延びしているようにも思われる。
ただ、そんな場面の中に、なにか美しさみたいなものがある。もちろん、主役のダニエルもかっこいいのだが、彼を取り巻く人間関係が、どこか冷めていて、静かで、ほとんどキャラクター性が分からず、普通の映画でこれをやってしまったら、面白味の何もない駄作になってしまうだろう。ただ、この映画の人物たちは、それでもうまく存在感を出しているように思う。無駄口を一切たたかずに、それでも横一列になって街を歩いていく様子は、ファッションショーか何かのウォーキングを見ているよう。
ダニエルは、ロボットのように、何を考えているのか不明な少年である。頭脳明晰で、試験の成績がよく、新聞に載るほど。しかし「何がしたいの?」と聞かれても、「別に何もない」といい、「卒業したら、僕はお母さんの所へいくらしい」と、自分のこれからの生活なのにもかかわらず「らしい」で片づけてしまっている。彼の父親はすでに亡くなっているか、どこかへ消えてしまっていて、母親は、別の国の男と不倫の関係にあった。中学を卒業すると同時に、近所の幼馴染とお別れをし、母親と男と町に移り、3人で暮らすことになる。収入がなく、せっかく奨学金で高校に通えるのにもかかわらず、町工場で自転車の整備などをする仕事に就かされる。それでも、ダニエルの様子を見ていると、高校に行けないことを悔しがっている様子はあまりない。
ほんとに、どこかの国の、知らない町の、なんでもない情景を見ているだけなのだが、謎の違和感のようなものが画面から伝わってきて、ぼうっと眺めているだけでも心地よい。それこそ、人物たちの歩く様子であったり、ダニエルの、我関せずの振る舞いであったり、一緒にいる仲間のよそよそしさが、その違和感を原因なのではないかと思う。人間的な交流が、ダニエルの女の子へ対する好奇心以外に見られない。
新しい町に引っ越してからのダニエルには、何もなかった。母親は1日中仕事だし、おじさんは畑の仕事をしているとは言っているが、奥さんがいて、どこで何をしているのかわからない。高校へ通って、出来の良い頭を発揮する場もない。そんなダニエルが唯一意識したことが、町の女の子なのであった。後半になるにつれて、ダニエルの関心は女の子で一杯になっていくようだった。男女の出会いの場として知られる並木道をふらふらしたり、なんとなくベンチに座って、目の前のカップルがキスをしているのを眺めている。映画館の薄暗い中で、キスをしている男女を見かけたら、ダニエルも近くに座っている女の子の頭に顔を近づける。そして、思い切ってキスを試してみるのだった。修理工として店の番をしているときも、街行く女性たちを眺め、この時間帯にはあの女性が来る、毎回違う男と一緒にいる女性がいる、という感じで町の女性たちを観察したおす。
終盤になると、青年たち5人ぐらいが一緒になって、全力で女の子をナンパしに行く流れになってくる。ダニエルも、そんな年上の仲間たちと一緒になり、異常なほどにすました様子で、カフェのテラスから女の子を眺めているのだった。慣れないたばこをふかし、足を組んで、男たち全員が同じ視線を女の子たちにおくるのだった。
そして、いよいよダニエルが1人の女の子を捕まえるラストシーン!これまでの違和感が最高潮に達して、不気味過ぎるほどにひたすら歩く!草木が生い茂る中に一本通った長い道を、ダニエルともう一人の男が一緒になって、前の二人の女の子を追いかけて行くのだ。先頭を行く二人の女の子、追いかけるダニエルと隣のもう一人の男、そして抜け駆けを許した残りの男たち三組による、女の子争奪徒競走である。少しぐらい早歩きになっていいものだが、全員が決して焦ることなく、あくまで澄ました様子で道を進んでいく。 それで、ようやくダニエルが女の子に追いついて、唇へのキスを勝ち取るのだった。その瞬間の二人を、ぐるっと回るように映すカメラ。風にそよぎながら、日に照らされ金色に輝く草木。そして、あきらめた残りの男たちがUターンをして、来た道を戻っていく様子。完璧!
ただ、そのまま恋が実るということにはならず、おそらくダニエルと女の子は、その後しばらく会うことはなかっただろう。その女の子とキスをした段階でのダニエルは、まだまだ幼かった。しかし、夏休みに入り、生まれ育った町に戻ってきた彼は、確実に成長していた。女の子を追いかけた新しい街での仲間たちは、ダニエルよりも年上で背が高くて、ダニエルはいろいろと学ぶ側だった。ところが、もともと居た町に戻ってきて、幼馴染たちと再会すると、彼らはダニエルよりも背が低く、ほんの子供のように見えた。そしてダニエルは躊躇なく、一人の女の子を後ろから抱きしめるのだった。そういうところからも、彼の心持の変化が見て取れる。
2014/05/13
Måske ku' vi (1977)
Måske ku' vi (1977) ★★★★
脚本があの「Du er ikke alene」の監督、ラッセ・ニールセンと言うことで鑑賞。ただ今回は脚本のみで監督ではないからか、ホモ描写はなし。少年少女の現実逃避的なラブストーリーである。ちなみにラッセ・ニールセンはインタビューで、「好きなComing of age film(思春期映画)は?」と聞かれたときに、トリュフォーの「野性の少年」「大人は判ってくれない」や、「顔のない天使」「Streetwise」「春のめざめ」「I am Gabriel」、また日本映画の「誰も知らない」などを挙げている。
「Du er ikke alene」の主役の少年はキムと言ったが、今回の主役の少年もキムである。他のキャストの中にもなじみのある顔がいくつかあった。長髪で女の子みたいな顔をした男子が多い。そんな中でヒロインのマリアンは、女の子ではあるがきりっとした顔つきをしているので、性別がごちゃごちゃになっている感がある(?)
遊びたいのに、宿題があったり親がうるさかったりして、とにかく自由になりたい!という感じの思春期ものである。キム(Karl Wagner)と友達のオウルはつるんで街で騒ぎ、人に迷惑をかけている。映画館でブルース・リーのポスターを見れば、キャーキャー言いながらクンフーごっこである。パーティーに参加すれば、お酒を飲んで酔っ払い女の子に体を触られたりキスされたり。翌日に学校の更衣室で「昨日は指でやったぜ」とか男同士でニヤニヤ話している。
後半からの展開が面白くて、まさに自分にとっての理想的な生活だった。現実ではありえないかもしれないが、夢見心地でふわふわして観られる。キムがたまたま銀行に訪れたときに、銀行強盗が入ってきて、キムとそこにいた女の子のマリアンが車に乗せられて誘拐されるのである。そして山奥に連れて行かれるのだが、たどり着いた場所が、銀行強盗してきた後に向かうところとは考えられない、夏休みに過ごしに行く別荘のようなところなのだ。キムとマリアンは捕まってはいるのだが、犯人たちは好意的で、ろうそくが立てられている良い感じのテーブルで一緒にディナーである。そのあとはお酒を飲みながら、盗んできた本物の紙幣を使ってボードゲームをし、さらにキムとマリアンは、同じ部屋で寝ているので、お互いくっついていくというパターンである。
それでも2人は犯人たちの隙をついて逃げ出してくる。どこに向かっているのかも分からないでとにかく走っていると、これまたおしゃれな別荘を見つけるのだった。そこにはシャワーもついていて、食べ物もワインも置いてあり、2人でしばらくそこで過ごすことにする。2人だけの空間、裸になってロマンチックにいちゃいちゃし始める。別の日になると、別荘の持ち主の息子とその友達たちが現れ、5人の少年少女は学校にも行かず、森でキノコを採ったり、ギターを弾いたり、クンフーごっこをしたりして自由気ままな生活を送る。街に買い出しに行く時も、誘拐された子供だということがばれて、連れ戻されないように、フードを深くかぶっている。雑貨屋で誘拐された自分たちが一面に載っている新聞を見つけて喜んでいる。
パトカーがキムたちの過ごしている山まで捜索に来たときには、ようやく助けられるというのに、彼らにとっては逆に拘束されに行くようなものだった。街に戻ってきて母親がうれしそうにキムに抱きつくが、彼は無表情のまま。ラストでは、マリアンと引き裂かれ、「大人は判ってくれない」的な、やるせない顔が映ったところでカメラが止まり、アップになっていくという終わり方だった。
脚本があの「Du er ikke alene」の監督、ラッセ・ニールセンと言うことで鑑賞。ただ今回は脚本のみで監督ではないからか、ホモ描写はなし。少年少女の現実逃避的なラブストーリーである。ちなみにラッセ・ニールセンはインタビューで、「好きなComing of age film(思春期映画)は?」と聞かれたときに、トリュフォーの「野性の少年」「大人は判ってくれない」や、「顔のない天使」「Streetwise」「春のめざめ」「I am Gabriel」、また日本映画の「誰も知らない」などを挙げている。
「Du er ikke alene」の主役の少年はキムと言ったが、今回の主役の少年もキムである。他のキャストの中にもなじみのある顔がいくつかあった。長髪で女の子みたいな顔をした男子が多い。そんな中でヒロインのマリアンは、女の子ではあるがきりっとした顔つきをしているので、性別がごちゃごちゃになっている感がある(?)
遊びたいのに、宿題があったり親がうるさかったりして、とにかく自由になりたい!という感じの思春期ものである。キム(Karl Wagner)と友達のオウルはつるんで街で騒ぎ、人に迷惑をかけている。映画館でブルース・リーのポスターを見れば、キャーキャー言いながらクンフーごっこである。パーティーに参加すれば、お酒を飲んで酔っ払い女の子に体を触られたりキスされたり。翌日に学校の更衣室で「昨日は指でやったぜ」とか男同士でニヤニヤ話している。
後半からの展開が面白くて、まさに自分にとっての理想的な生活だった。現実ではありえないかもしれないが、夢見心地でふわふわして観られる。キムがたまたま銀行に訪れたときに、銀行強盗が入ってきて、キムとそこにいた女の子のマリアンが車に乗せられて誘拐されるのである。そして山奥に連れて行かれるのだが、たどり着いた場所が、銀行強盗してきた後に向かうところとは考えられない、夏休みに過ごしに行く別荘のようなところなのだ。キムとマリアンは捕まってはいるのだが、犯人たちは好意的で、ろうそくが立てられている良い感じのテーブルで一緒にディナーである。そのあとはお酒を飲みながら、盗んできた本物の紙幣を使ってボードゲームをし、さらにキムとマリアンは、同じ部屋で寝ているので、お互いくっついていくというパターンである。
それでも2人は犯人たちの隙をついて逃げ出してくる。どこに向かっているのかも分からないでとにかく走っていると、これまたおしゃれな別荘を見つけるのだった。そこにはシャワーもついていて、食べ物もワインも置いてあり、2人でしばらくそこで過ごすことにする。2人だけの空間、裸になってロマンチックにいちゃいちゃし始める。別の日になると、別荘の持ち主の息子とその友達たちが現れ、5人の少年少女は学校にも行かず、森でキノコを採ったり、ギターを弾いたり、クンフーごっこをしたりして自由気ままな生活を送る。街に買い出しに行く時も、誘拐された子供だということがばれて、連れ戻されないように、フードを深くかぶっている。雑貨屋で誘拐された自分たちが一面に載っている新聞を見つけて喜んでいる。
パトカーがキムたちの過ごしている山まで捜索に来たときには、ようやく助けられるというのに、彼らにとっては逆に拘束されに行くようなものだった。街に戻ってきて母親がうれしそうにキムに抱きつくが、彼は無表情のまま。ラストでは、マリアンと引き裂かれ、「大人は判ってくれない」的な、やるせない顔が映ったところでカメラが止まり、アップになっていくという終わり方だった。
2013/11/14
スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー (1970)
En kärlekshistoria (1970) ★★★
「ベニスに死す」のビョルン・アンドレセンが出演しているということで有名。ほんの一瞬、3分画面に映っていたかどうか、という程度だが、「ビョルン・アンドレセンがスクリーンデビューを飾っている」ということが必ず引き合いに出されている。
余興を楽しむ作品というか、どうでもいいようなことばかりが印象に残った。例えば、冒頭から、おじさんがカンフーの真似なのか、甲高い声を上げてうろちょろしている。それでしばらく見ていると、中指を鍵づめの形にして、くいっくいっと動かして、「女はこれで喜ぶんだ」と言う。あと、家の中に扉を取り付けようとしている日曜大工のシーンでは、ネジの向きが逆だ、とか、だらだらやっていて、完成してみると、左右が少しずれていたり…。ここらへんは、なかなか面白かった。
残念だったのは、主役のカップルの、男の子の方である。可愛げがないというか、不細工である(失礼)。相手の女の子がものすごい美少女なので、さらにつりあわない。不良少年で、バイクを乗り回し、若いのに町工場で働いていたりするのだが、「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングや、「僕の小さな恋人たち」のマルタン・ロエブだったら良かったなと思った。
「ベニスに死す」のビョルン・アンドレセンが出演しているということで有名。ほんの一瞬、3分画面に映っていたかどうか、という程度だが、「ビョルン・アンドレセンがスクリーンデビューを飾っている」ということが必ず引き合いに出されている。
余興を楽しむ作品というか、どうでもいいようなことばかりが印象に残った。例えば、冒頭から、おじさんがカンフーの真似なのか、甲高い声を上げてうろちょろしている。それでしばらく見ていると、中指を鍵づめの形にして、くいっくいっと動かして、「女はこれで喜ぶんだ」と言う。あと、家の中に扉を取り付けようとしている日曜大工のシーンでは、ネジの向きが逆だ、とか、だらだらやっていて、完成してみると、左右が少しずれていたり…。ここらへんは、なかなか面白かった。
残念だったのは、主役のカップルの、男の子の方である。可愛げがないというか、不細工である(失礼)。相手の女の子がものすごい美少女なので、さらにつりあわない。不良少年で、バイクを乗り回し、若いのに町工場で働いていたりするのだが、「ターミネーター2」のエドワード・ファーロングや、「僕の小さな恋人たち」のマルタン・ロエブだったら良かったなと思った。
2013/11/08
僕のアントワーヌ叔父さん (1971)
Mon oncle Antoine (1971) ★★★★
不思議な映画だった。前半と後半で雰囲気ががらりと変わる。前半は、「トリュフォーの思春期」のように、街の人たちの楽しげな様子が見られる。しかし後半になると、主人公のブノワ(Jacques Gagnon)に試練的なものが課せられて、とんでもないラストを迎える。ユーモアにあふれているという点では「トリュフォーの思春期」と似ているが、この映画のそれはよりブラック。主役のブノワが美少女を押し倒しておっぱいを揉むシーンなどあり。ストーリー性を排したような作品なので、退屈になってもおかしくないが、雰囲気だけでも十分に楽しめた。田舎の風景や、レトロな色調、そして美男美女。
印象的だった後半の場面。
ブノワの家は葬儀屋をやっていて、人が亡くなると、その家まで遺体を引き取りに行く。時代設定が古いので、自動車ではなく、馬車で何時間もかけて往復する。あるとき、叔父さんのアントワーヌに連れられて、ブノワも一緒に遺体を取りに行くことになる。彼は好奇心にあふれていた。
しかし、亡くなったのは、ブノワと年齢のそんなに変わらない男の子だった。家に着くと母親は泣いている。そんな雰囲気の中、2人は用意されていたごちそうを味わう余裕はなく、アントワーヌは酒を飲まずにはいられない。ブノワもキョロキョロして落ち着かない様子。
男の子の遺体を入れた棺桶を馬車の荷台に乗せて、来た道を引き返す2人。アントワーヌは完全に酔っぱらって眠っている。ブノワは一人でぼうっと馬車に揺られていたが、アントワーヌの懐から酒瓶を取り出して、ぐいぐい飲み始める。そして、手綱を振り回して馬車のスピードを上げていく。
すると、男の子を入れた棺桶が、雪の積もった道に落っこちてしまう。すぐに馬車を止め、棺桶を積みなおそうとするが、上手くいかない(重たいし、片腕を骨折しているから)。アントワーヌは酔っぱらっていて役に立たない。どうすることもできないブノワは、棺桶を雪の積もる道にそのまま放置して、家へ引き返す。
家に着くや否や、ばったり横になって動かないブノワ。死体を放置してきたというのに、2人は本当に無責任。酔っぱらっていて夢見心地。
そのあとようやく、棺桶を探しに、来た道を戻るブノワたち。しかし見つからず、結局男の子の家にたどり着いてしまう。窓からこっそり中を覗くと、家の人たちは棺桶を囲んで、泣き崩れている。窓越しに、何とも言えない表情をしているブノワの顔がアップになって、ストップし、エンドロールが流れる。
不思議な映画だった。前半と後半で雰囲気ががらりと変わる。前半は、「トリュフォーの思春期」のように、街の人たちの楽しげな様子が見られる。しかし後半になると、主人公のブノワ(Jacques Gagnon)に試練的なものが課せられて、とんでもないラストを迎える。ユーモアにあふれているという点では「トリュフォーの思春期」と似ているが、この映画のそれはよりブラック。主役のブノワが美少女を押し倒しておっぱいを揉むシーンなどあり。ストーリー性を排したような作品なので、退屈になってもおかしくないが、雰囲気だけでも十分に楽しめた。田舎の風景や、レトロな色調、そして美男美女。
印象的だった後半の場面。
ブノワの家は葬儀屋をやっていて、人が亡くなると、その家まで遺体を引き取りに行く。時代設定が古いので、自動車ではなく、馬車で何時間もかけて往復する。あるとき、叔父さんのアントワーヌに連れられて、ブノワも一緒に遺体を取りに行くことになる。彼は好奇心にあふれていた。
しかし、亡くなったのは、ブノワと年齢のそんなに変わらない男の子だった。家に着くと母親は泣いている。そんな雰囲気の中、2人は用意されていたごちそうを味わう余裕はなく、アントワーヌは酒を飲まずにはいられない。ブノワもキョロキョロして落ち着かない様子。
男の子の遺体を入れた棺桶を馬車の荷台に乗せて、来た道を引き返す2人。アントワーヌは完全に酔っぱらって眠っている。ブノワは一人でぼうっと馬車に揺られていたが、アントワーヌの懐から酒瓶を取り出して、ぐいぐい飲み始める。そして、手綱を振り回して馬車のスピードを上げていく。
すると、男の子を入れた棺桶が、雪の積もった道に落っこちてしまう。すぐに馬車を止め、棺桶を積みなおそうとするが、上手くいかない(重たいし、片腕を骨折しているから)。アントワーヌは酔っぱらっていて役に立たない。どうすることもできないブノワは、棺桶を雪の積もる道にそのまま放置して、家へ引き返す。
家に着くや否や、ばったり横になって動かないブノワ。死体を放置してきたというのに、2人は本当に無責任。酔っぱらっていて夢見心地。
そのあとようやく、棺桶を探しに、来た道を戻るブノワたち。しかし見つからず、結局男の子の家にたどり着いてしまう。窓からこっそり中を覗くと、家の人たちは棺桶を囲んで、泣き崩れている。窓越しに、何とも言えない表情をしているブノワの顔がアップになって、ストップし、エンドロールが流れる。
2013/09/04
死よ、万歳 (1971)
Viva la muerte (1971) ★★★
パッケージの生首は、ファンド少年の父親。共産主義者だった彼は、妻に密告され、家族の目の前で連行されていったのである。「エル・トポ」のホドロフスキーと親交の深かったフェルナンド・アラバール監督による作品。自身の自伝的小説「虐殺の讃歌」を自らの手で映画化。
何を書けばいいかわからない映画だが、1時間半集中して観ていた。こういうアート的な映像は合わない場合は退屈極まりないが、怖いもの見たさからかそうはならなかった。
ストーリーとは直接関係のないショッキングな映像が大部分を占める。グロテスクで残酷な夢。ファンド少年の目には世界はあのように映っていたのかもしれない。
観ているだけでも痛いような映像の数々だった。その土地の文化や習慣なのだろうか、頭皮を剃刀で削って血を吸いだす儀式(?)や、針で作った輪をファンド少年の太ももに血がにじむほど食い込ませたり、母親に股間を思いっきり握られたり(そのときのファンド少年の悲鳴!)。豚の喉を切ると、血がどばどばと流れ出てくる。相当熱があるようで一面に湯気が立っていた。あんなのは初めて見たが、いつも豚肉を食べているということは、誰かがあのように豚を解体しているのだろう。そう思うとすごい。
今まで観た映画の中で一番ぐらいにグロテスクだったので苦手な方は見ないほうが良いと思う(これホント)。ホラー映画などのわざとらしいグロさとは違って生々しい。
パッケージの生首は、ファンド少年の父親。共産主義者だった彼は、妻に密告され、家族の目の前で連行されていったのである。「エル・トポ」のホドロフスキーと親交の深かったフェルナンド・アラバール監督による作品。自身の自伝的小説「虐殺の讃歌」を自らの手で映画化。
何を書けばいいかわからない映画だが、1時間半集中して観ていた。こういうアート的な映像は合わない場合は退屈極まりないが、怖いもの見たさからかそうはならなかった。
ストーリーとは直接関係のないショッキングな映像が大部分を占める。グロテスクで残酷な夢。ファンド少年の目には世界はあのように映っていたのかもしれない。
観ているだけでも痛いような映像の数々だった。その土地の文化や習慣なのだろうか、頭皮を剃刀で削って血を吸いだす儀式(?)や、針で作った輪をファンド少年の太ももに血がにじむほど食い込ませたり、母親に股間を思いっきり握られたり(そのときのファンド少年の悲鳴!)。豚の喉を切ると、血がどばどばと流れ出てくる。相当熱があるようで一面に湯気が立っていた。あんなのは初めて見たが、いつも豚肉を食べているということは、誰かがあのように豚を解体しているのだろう。そう思うとすごい。
今まで観た映画の中で一番ぐらいにグロテスクだったので苦手な方は見ないほうが良いと思う(これホント)。ホラー映画などのわざとらしいグロさとは違って生々しい。
2013/09/01
思春の森 (1977)
Maladolescenza (1977) ★★★
いろいろと問題になった作品で、日本でもDVDが販売されたあとに、すぐに回収処分になった。ちなみに原題のMaladolescenzaは、Malad(病んだ)と Adolescenza(思春期)の合成語とのこと。
ひどい映画だった。少女の露出もそうだが、それよりいじめの描写の方がひどい。真似すると悪いから子供には絶対見せちゃだめ。少年ファブリツィオ(Martin Loeb)は、少女ラウラを無理やり木に縛り付け、体に蛇をまとわりつかせるのである。泣き叫ぶラウラを、面白がって見ている。パンツも丸見え。中盤からは、少女シルヴィアも加わって、2人してラウラをいじめるのだった。シルヴィアは、完全にロリ顔(人形のような。画像3)で、好きな人は好きなのかもしれない。VHSを視聴したが、陰部にはもちろんモザイクがかかっていた。ファブリツィオとシルヴィアが全裸になって絡む場面では、画面いっぱいにモザイクがかけられていて、映画を見ているんだよね?とふと思った。
ファブリツィオを演じたマルタン・ロエブの出演作に、「ぼくの小さな恋人たち」がある。この作品は気に入っていて、マルタン・ロエブも美少年だったが、この「思春の森」では、性格も憎たらしいし、見た目も野暮ったかった。ただ、細い上半身についた筋肉は良かった。
「罪深き天使たち」や「子供たちの城」、「蠅の王」のように、子供の残酷な一面を上手く表現している数少ない作品だとは思うが、観ていて楽しくはない。もう一つ、映画の内容とは全く関係ないが、例のツ*ヤではこの作品をなぜか発掘良品扱いにしていて、通常の旧作の4倍の料金を取られた。(一週間100円→380円)これが「100人の映画通が選んだ本当に面白い映画」だとは思えないが。
いろいろと問題になった作品で、日本でもDVDが販売されたあとに、すぐに回収処分になった。ちなみに原題のMaladolescenzaは、Malad(病んだ)と Adolescenza(思春期)の合成語とのこと。
ひどい映画だった。少女の露出もそうだが、それよりいじめの描写の方がひどい。真似すると悪いから子供には絶対見せちゃだめ。少年ファブリツィオ(Martin Loeb)は、少女ラウラを無理やり木に縛り付け、体に蛇をまとわりつかせるのである。泣き叫ぶラウラを、面白がって見ている。パンツも丸見え。中盤からは、少女シルヴィアも加わって、2人してラウラをいじめるのだった。シルヴィアは、完全にロリ顔(人形のような。画像3)で、好きな人は好きなのかもしれない。VHSを視聴したが、陰部にはもちろんモザイクがかかっていた。ファブリツィオとシルヴィアが全裸になって絡む場面では、画面いっぱいにモザイクがかけられていて、映画を見ているんだよね?とふと思った。
ファブリツィオを演じたマルタン・ロエブの出演作に、「ぼくの小さな恋人たち」がある。この作品は気に入っていて、マルタン・ロエブも美少年だったが、この「思春の森」では、性格も憎たらしいし、見た目も野暮ったかった。ただ、細い上半身についた筋肉は良かった。
「罪深き天使たち」や「子供たちの城」、「蠅の王」のように、子供の残酷な一面を上手く表現している数少ない作品だとは思うが、観ていて楽しくはない。もう一つ、映画の内容とは全く関係ないが、例のツ*ヤではこの作品をなぜか発掘良品扱いにしていて、通常の旧作の4倍の料金を取られた。(一週間100円→380円)これが「100人の映画通が選んだ本当に面白い映画」だとは思えないが。
2013/08/31
11人のカウボーイ (1972)
The Cowboys (1972) ★★★★
西部劇に登場してくる男たちはたくましい。映画の中のヒーローは、実際問題あり得ないスーパーマンとかではなく、西部の男たちなのである。彼らは必死に生きている。自分たちで土地を切り開いて、家族を守るために一日一日を全力で過ごしている。昨日観た「シェーン」に続いて、良い映画を立て続けに二本観たという感じ。
牛を売りに行くために、ウィルのもとに集まった11人の少年たち。数千頭の牛を率いていく道中を見ていて、中高生の時に経験した部活動を思い出した。まさに集団行動(好きではなかった。今でもあんまり)。自分に与えられた仕事をこなすだけではなく、自ら進んで動かなければならない。何かしでかすと、強面で口うるさい顧問、この映画の場合ウィル、から怒鳴られる。
不満や文句も出てくる少年たちだったが、どこかでウィルのことを尊敬できたからこそ、途中で逃げ出さず、ついて行けたのだと思う。上に立つ人間は、ウィルのように強くて、なにより人並み以上に努力をしなければならないのだと思う。
この映画の好きなシーンは、夜中に子供たちだけで集まって、こっそり取ってきた酒を回しながら、ウィルやナイトリンガーの悪口を言ってふざけている場面。そんな子供たちの様子を、ウィルとナイトリンガーは、なんだか微笑ましそうに見ているというのがにくい。
映画的に一つだけ不満を言うならば、どうして少年を一人死なせてしまったのかというところ。そのあとのウィルの死だけでも十分だったように思う。
西部劇に登場してくる男たちはたくましい。映画の中のヒーローは、実際問題あり得ないスーパーマンとかではなく、西部の男たちなのである。彼らは必死に生きている。自分たちで土地を切り開いて、家族を守るために一日一日を全力で過ごしている。昨日観た「シェーン」に続いて、良い映画を立て続けに二本観たという感じ。
牛を売りに行くために、ウィルのもとに集まった11人の少年たち。数千頭の牛を率いていく道中を見ていて、中高生の時に経験した部活動を思い出した。まさに集団行動(好きではなかった。今でもあんまり)。自分に与えられた仕事をこなすだけではなく、自ら進んで動かなければならない。何かしでかすと、強面で口うるさい顧問、この映画の場合ウィル、から怒鳴られる。
不満や文句も出てくる少年たちだったが、どこかでウィルのことを尊敬できたからこそ、途中で逃げ出さず、ついて行けたのだと思う。上に立つ人間は、ウィルのように強くて、なにより人並み以上に努力をしなければならないのだと思う。
この映画の好きなシーンは、夜中に子供たちだけで集まって、こっそり取ってきた酒を回しながら、ウィルやナイトリンガーの悪口を言ってふざけている場面。そんな子供たちの様子を、ウィルとナイトリンガーは、なんだか微笑ましそうに見ているというのがにくい。
映画的に一つだけ不満を言うならば、どうして少年を一人死なせてしまったのかというところ。そのあとのウィルの死だけでも十分だったように思う。
2013/08/25
ネネ (1977) <未>
Nenè (1977) ★★★★
サルヴァトーレ・サンペリ監督作品。どのくらい知られている監督なのかは見当つかないが、代表作の「青い体験」など、エロチックなものばかり撮っているイメージがある。今作でも、かなりの美少女ネネが、パンツを見せたり、おっぱいを出したり、…。ただ、彼女よりも、観るべきはヨウ少年(Sven Valsecchi)である。
ヨウは、無意識的にというか、女性に対する何かを先天的に持っているというか、とにかく危険なほどに早熟な男の子だった。男っ気の全くない家庭教師のおばさんに対しても、うっとりさせてしてしまう言葉ばかりを投げかける。まずはおばさんの男への愚痴を聞いてあげて「僕が大きくなったら、メイク・ラブを教えてあげるよ」とまで言う。スタイルの崩れた体であっても、純粋そうな綺麗な目で、おばさんの着替えをじーっと眺めるのだった。
あるとき、ヨウの家に、従妹のネネがやってくる。ヨウは、ネネのことが気になるようで、やっぱり着替えているところをじーっと眺める。「あなた、男の目で私を見てるわ」「僕が君のフィアンセだったら、裸を見せてくれる?」「だめよ。まだ子供じゃない。みだらな子ね!」ここから2人の関係(?)は始まる。
ヨウの想いをよそに、ネネは近所の別の男のことが気になって、その男のことばかりをヨウに話して聞かせる。ネネはヨウのことをまだ子供だと思って、軽く見ていたようだった。2人は何度か同じベッドで寝るのだが、ネネはなんと、その近所の男のことを考えながら、ヨウの手をとって自分の胸に押し当てたり、パンツの中に入れたりする。さらには、ヨウの真横で、一人で楽しみ始めた。
ヨウとネネの関係は、少しずつエスカレートしていく。ヨウはたまたま、両親がベッドでいちゃついているのを目撃し、いけないことを学ぶ。ネネにそのことを報告して「僕もやりたい。」と言い出す。驚いたネネだったが、なぜか「わかったわよ」と軽く承諾してしまい、布団にもぐってヨウのを舐め始める。「くすぐったいよ」「まだ小さいわね」「たくさん食べて大きくなるよ」
ラストでは、ネネは好きになった近所の男と、ついに野外でメイク・ラブを始める。ヨウはそれを見て涙を流す。そこに父親がやってきて激怒し、ベルトを抜いて、ネネと男をばしばし叩く。
サルヴァトーレ・サンペリ監督作品。どのくらい知られている監督なのかは見当つかないが、代表作の「青い体験」など、エロチックなものばかり撮っているイメージがある。今作でも、かなりの美少女ネネが、パンツを見せたり、おっぱいを出したり、…。ただ、彼女よりも、観るべきはヨウ少年(Sven Valsecchi)である。
ヨウは、無意識的にというか、女性に対する何かを先天的に持っているというか、とにかく危険なほどに早熟な男の子だった。男っ気の全くない家庭教師のおばさんに対しても、うっとりさせてしてしまう言葉ばかりを投げかける。まずはおばさんの男への愚痴を聞いてあげて「僕が大きくなったら、メイク・ラブを教えてあげるよ」とまで言う。スタイルの崩れた体であっても、純粋そうな綺麗な目で、おばさんの着替えをじーっと眺めるのだった。
あるとき、ヨウの家に、従妹のネネがやってくる。ヨウは、ネネのことが気になるようで、やっぱり着替えているところをじーっと眺める。「あなた、男の目で私を見てるわ」「僕が君のフィアンセだったら、裸を見せてくれる?」「だめよ。まだ子供じゃない。みだらな子ね!」ここから2人の関係(?)は始まる。
ヨウの想いをよそに、ネネは近所の別の男のことが気になって、その男のことばかりをヨウに話して聞かせる。ネネはヨウのことをまだ子供だと思って、軽く見ていたようだった。2人は何度か同じベッドで寝るのだが、ネネはなんと、その近所の男のことを考えながら、ヨウの手をとって自分の胸に押し当てたり、パンツの中に入れたりする。さらには、ヨウの真横で、一人で楽しみ始めた。
ヨウとネネの関係は、少しずつエスカレートしていく。ヨウはたまたま、両親がベッドでいちゃついているのを目撃し、いけないことを学ぶ。ネネにそのことを報告して「僕もやりたい。」と言い出す。驚いたネネだったが、なぜか「わかったわよ」と軽く承諾してしまい、布団にもぐってヨウのを舐め始める。「くすぐったいよ」「まだ小さいわね」「たくさん食べて大きくなるよ」
ラストでは、ネネは好きになった近所の男と、ついに野外でメイク・ラブを始める。ヨウはそれを見て涙を流す。そこに父親がやってきて激怒し、ベルトを抜いて、ネネと男をばしばし叩く。
2013/08/24
傷つけられた翼 (1977) <未>
Podranki (1977) ★★★★
この映画には、美少年が多く登場してきたと思う。見た目が日本の学生服に似た軍服(というのかな?)を着ていて、可愛さを際立たせていた。内容は暗めだが、ロシア(当時のソビエト)から見た戦争下の悲惨な状況が学べる映画でもある。以下に長々とあらすじを。
あらすじ
著名な作家であるアリョーシャ(Aleksei Cherstvov)が、戦争下での辛い少年時代を回想していく形で話が進んでいく。彼の両親、そして兄弟は、死亡、または行方不明で、姉のナターシャだけが、唯一彼のそばにいる肉親だった。当時の子供たちは常にお腹を空かしていて、飢えをしのぐために盗みを働くほかなかった。
アリョーシャの母親代わりだった姉のナターシャも、病気のために、わずか14歳にして亡くなってしまう。孤独になったアリョーシャは、かつて父親の同僚であったという男のところに引き取られるが、家族との関係がうまくいかず、1人で抜け出してくる。名前だけを頼りに、まだ見たことのない兄弟を探し始める。しかし、兄弟に会うことができたのは、数十年後、アリョーシャが作家として成功してからだった。
アリョーシャは少年時代の大半を、戦争孤児を受け入れていた軍隊で過ごすことになる。そこで、勉強や、銃の扱い方を学ぶ。アリョーシャは特に詩を書くことに興味を持ち、ノートに書きためていく。また、担任の女教師のことが気になり始め、彼女が裸で日光浴をしているところをこっそり覗いたりする。しかし、恋人といるところを目撃してしまい、窓際に体操すわりをして涙を流すといったことも。
学校の近くには、ドイツ軍が駐屯していた。アリョーシャの友達であるバーリャは、強制収容所にいた経験があり、そこで両親を失っていた。彼は常にドイツ軍の様子をうかがい、いつか大量の爆弾を投げ込んでやる気でいた。
ある日の授業で、「父親は戦争のために何をしたか」という作文の課題が出された。父親は生きていると信じている子もいれば、辛いことを思い出す子もいた。バーリャは、目に涙をためながら、一番に作文を書き上げて教室を出ていった。そして、ドイツ軍のところへ向かった。大量の手りゅう弾をロープでひとくくりにして、導火線に火をつけるが、持ち上げた途端ばらばらになってしまった。必死に火を消そうとするが間に合わず、その場で爆発してしまう。その後、クラスの子供たちが集められ、バーリャが書いた作文が先生によって読み上げられる。
その事件以降、一切の武器を持つことが禁じられた。ただアリョーシャは、枕の中に短剣を隠していた。その短剣は見つかり、取り上げられそうになるが、アリョーシャは必死でしがみついた。それは父親の意思を受け継ぐように渡された大事な贈り物だった。教官に向かって「ファシスト!」と罵倒したことが問題になり、アリョーシャの処分についての会議が開かれたが、そこで、つらい目にあってきた子供たちのことが見直される。少し救われるラストだった。
この映画には、美少年が多く登場してきたと思う。見た目が日本の学生服に似た軍服(というのかな?)を着ていて、可愛さを際立たせていた。内容は暗めだが、ロシア(当時のソビエト)から見た戦争下の悲惨な状況が学べる映画でもある。以下に長々とあらすじを。
あらすじ
著名な作家であるアリョーシャ(Aleksei Cherstvov)が、戦争下での辛い少年時代を回想していく形で話が進んでいく。彼の両親、そして兄弟は、死亡、または行方不明で、姉のナターシャだけが、唯一彼のそばにいる肉親だった。当時の子供たちは常にお腹を空かしていて、飢えをしのぐために盗みを働くほかなかった。
アリョーシャの母親代わりだった姉のナターシャも、病気のために、わずか14歳にして亡くなってしまう。孤独になったアリョーシャは、かつて父親の同僚であったという男のところに引き取られるが、家族との関係がうまくいかず、1人で抜け出してくる。名前だけを頼りに、まだ見たことのない兄弟を探し始める。しかし、兄弟に会うことができたのは、数十年後、アリョーシャが作家として成功してからだった。
アリョーシャは少年時代の大半を、戦争孤児を受け入れていた軍隊で過ごすことになる。そこで、勉強や、銃の扱い方を学ぶ。アリョーシャは特に詩を書くことに興味を持ち、ノートに書きためていく。また、担任の女教師のことが気になり始め、彼女が裸で日光浴をしているところをこっそり覗いたりする。しかし、恋人といるところを目撃してしまい、窓際に体操すわりをして涙を流すといったことも。
学校の近くには、ドイツ軍が駐屯していた。アリョーシャの友達であるバーリャは、強制収容所にいた経験があり、そこで両親を失っていた。彼は常にドイツ軍の様子をうかがい、いつか大量の爆弾を投げ込んでやる気でいた。
ある日の授業で、「父親は戦争のために何をしたか」という作文の課題が出された。父親は生きていると信じている子もいれば、辛いことを思い出す子もいた。バーリャは、目に涙をためながら、一番に作文を書き上げて教室を出ていった。そして、ドイツ軍のところへ向かった。大量の手りゅう弾をロープでひとくくりにして、導火線に火をつけるが、持ち上げた途端ばらばらになってしまった。必死に火を消そうとするが間に合わず、その場で爆発してしまう。その後、クラスの子供たちが集められ、バーリャが書いた作文が先生によって読み上げられる。
その事件以降、一切の武器を持つことが禁じられた。ただアリョーシャは、枕の中に短剣を隠していた。その短剣は見つかり、取り上げられそうになるが、アリョーシャは必死でしがみついた。それは父親の意思を受け継ぐように渡された大事な贈り物だった。教官に向かって「ファシスト!」と罵倒したことが問題になり、アリョーシャの処分についての会議が開かれたが、そこで、つらい目にあってきた子供たちのことが見直される。少し救われるラストだった。
2013/08/04
バード★シット (1970)
Brewster McCloud (1970) ★★★
「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」のバッド・コート(Bud Cort)主演。ものすごいインパクトだった。登場シーンからとんでもなく不気味な目つき(画像1)。帽子を深めにかぶって、どこかあきらめたような雰囲気で、車を運転するさま(画像2)。そんな彼には空を飛ぶという絶対的な目標があった。その夢を邪魔するものは、次々と死んでいく。ブラックジョークが満載だった。
なかなか説明しづらい物語。盗んだ高級カメラで、動物園の鳥たちを撮影。鳥たちの骨格を研究し、金具で翼を組み立てる。懸垂を数百回こなし、筋肉も鍛える。邪魔をする者の顔の上には、ぼったりと鳥の糞が落ちてくる。次のシーンには、その人は死体になっているのだった。
お気に入りの場面は、夢が叶って、ついに空を飛ぶことの出来たシーン、ではなくて、次第に限界が見えてきて、ものすごく辛そうな悲鳴を上げながらも、必死で翼をはためかせるブルースターの姿。グラウンドに墜落した時の、人工翼の金具が地面にたたきつけられる、カシャーンと虚しい音。そんなラストのせいで、それまでにちりばめられていた笑い以上に、悲しい話になってしまった。
なんとなく、ブルースターを見ていると前向きになった。こういう駄目なやつもいるんだ、というような気持ち。
「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」のバッド・コート(Bud Cort)主演。ものすごいインパクトだった。登場シーンからとんでもなく不気味な目つき(画像1)。帽子を深めにかぶって、どこかあきらめたような雰囲気で、車を運転するさま(画像2)。そんな彼には空を飛ぶという絶対的な目標があった。その夢を邪魔するものは、次々と死んでいく。ブラックジョークが満載だった。
なかなか説明しづらい物語。盗んだ高級カメラで、動物園の鳥たちを撮影。鳥たちの骨格を研究し、金具で翼を組み立てる。懸垂を数百回こなし、筋肉も鍛える。邪魔をする者の顔の上には、ぼったりと鳥の糞が落ちてくる。次のシーンには、その人は死体になっているのだった。
お気に入りの場面は、夢が叶って、ついに空を飛ぶことの出来たシーン、ではなくて、次第に限界が見えてきて、ものすごく辛そうな悲鳴を上げながらも、必死で翼をはためかせるブルースターの姿。グラウンドに墜落した時の、人工翼の金具が地面にたたきつけられる、カシャーンと虚しい音。そんなラストのせいで、それまでにちりばめられていた笑い以上に、悲しい話になってしまった。
なんとなく、ブルースターを見ていると前向きになった。こういう駄目なやつもいるんだ、というような気持ち。
2013/07/07
小さな目撃者 (1970)
Eyewitness (1970) ★★★★
マーク・レスター(Mark Lester)主演のサスペンス。彼の出演作を観るのはオリバー(1968)、小さな恋のメロディ(1971)に次いで3作品目。なかなかスリリングで引き込まれた。大統領射殺の場面は「パニック・イン・スタジアム」のようなハラハラ感を味わえた。それに加えて、若干のコメディ要素とマーク・レスター君の可愛さが味わえる。
空想に浸りがちのジギー(Mark Lester)は、ありもしないことをいつも吹聴して回るので、オオカミ少年のような状態になっていた。姉の運転する車に乗っているときも、窓から手を伸ばして「HELP!」と書いた紙を通行人に手渡すぐらいのいたずら好き。そんな彼があるとき大統領暗殺の場面を目撃してしまい、犯人から命を狙われることになる。大人たちにそのことを必死で伝えるのだが、日頃の行いが悪いせいで誰にも信じてもらえない。姉に言うとひどいもので、ひっぱたかれて、反省しなさい、と部屋に閉じ込められてしまう。
ジギーが助けを求めた近所の女の子は、彼の言うことを信じて警察に報告しに行くのだが、犯人に見つかり射殺されてしまう。あんなに小さな女の子を死なせてしまうのには少し驚いた。主に夜中に展開していく話なので街は常に暗く、ジギーのおびえた表情が際立っていた。昼間は、地中海を望むきれいな街を堪能できる。
ジギーのおじいちゃんがナイスキャラだった。行きずりの男、もともとナンパ目的でジギーの姉をつけてきた、とのやり取りも面白かったし、おびえきって涙を流しているジギーを救出する場面では頼もしかった。ジギーが「ヒトラーがいるよ」と言い、おじいちゃんが周りを見渡して目を疑って終わるラストが印象に残った。
マーク・レスター(Mark Lester)主演のサスペンス。彼の出演作を観るのはオリバー(1968)、小さな恋のメロディ(1971)に次いで3作品目。なかなかスリリングで引き込まれた。大統領射殺の場面は「パニック・イン・スタジアム」のようなハラハラ感を味わえた。それに加えて、若干のコメディ要素とマーク・レスター君の可愛さが味わえる。
空想に浸りがちのジギー(Mark Lester)は、ありもしないことをいつも吹聴して回るので、オオカミ少年のような状態になっていた。姉の運転する車に乗っているときも、窓から手を伸ばして「HELP!」と書いた紙を通行人に手渡すぐらいのいたずら好き。そんな彼があるとき大統領暗殺の場面を目撃してしまい、犯人から命を狙われることになる。大人たちにそのことを必死で伝えるのだが、日頃の行いが悪いせいで誰にも信じてもらえない。姉に言うとひどいもので、ひっぱたかれて、反省しなさい、と部屋に閉じ込められてしまう。
ジギーが助けを求めた近所の女の子は、彼の言うことを信じて警察に報告しに行くのだが、犯人に見つかり射殺されてしまう。あんなに小さな女の子を死なせてしまうのには少し驚いた。主に夜中に展開していく話なので街は常に暗く、ジギーのおびえた表情が際立っていた。昼間は、地中海を望むきれいな街を堪能できる。
ジギーのおじいちゃんがナイスキャラだった。行きずりの男、もともとナンパ目的でジギーの姉をつけてきた、とのやり取りも面白かったし、おびえきって涙を流しているジギーを救出する場面では頼もしかった。ジギーが「ヒトラーがいるよ」と言い、おじいちゃんが周りを見渡して目を疑って終わるラストが印象に残った。
2013/05/25
ハンカチのご用意を (1978)
Préparez vos mouchoirs (1978) ★★★★
フランスの映画でやっぱり淡々としていた。退屈になりかける。見どころは途中から登場してくるクリスチャン(Riton Liebman)。フランス人っぽい顔つきの上品な少年だった。大人たちがどうあがいても振り向かせられなかった女性をものにする。
ある女性がうつ状態になってしまい、必死で元気づけようとする夫と、もう一人の男。女がうつ状態になった原因は不明。夫は、そこら辺のレストランで見つけた男に協力を求める。どういうわけかその男も女を救おうと本気になる。女が常にトップレスでいることにも触れられない。不思議な映画。
うつ状態の女と、夫と、もう一人の男は、子供たちの林間学校にお邪魔する。そこでクリスチャンと出会う。彼は知能指数が高く両親もお金持ちで、少し気取っている。そのことで他の子供たちからいじめられる。夜中、ベッドの上で寝ていたクリスチャンは、襲撃され、素っ裸にされしくしくと泣く。
うつ状態の女と、クリスチャンは、出会って以来お互い惹かれあい、一晩を共にするまでに。クリスチャンは、女の服をめくり、乳首や股間を眺める。女は彼の目の前で裸になる。エロい描写だった。その後、クリスチャンはそのことを友達に話して聞かせる。「中はどんな感じだった?」と聞かれると、「気持ち良かった」と答える。
フランスの映画でやっぱり淡々としていた。退屈になりかける。見どころは途中から登場してくるクリスチャン(Riton Liebman)。フランス人っぽい顔つきの上品な少年だった。大人たちがどうあがいても振り向かせられなかった女性をものにする。
ある女性がうつ状態になってしまい、必死で元気づけようとする夫と、もう一人の男。女がうつ状態になった原因は不明。夫は、そこら辺のレストランで見つけた男に協力を求める。どういうわけかその男も女を救おうと本気になる。女が常にトップレスでいることにも触れられない。不思議な映画。
うつ状態の女と、夫と、もう一人の男は、子供たちの林間学校にお邪魔する。そこでクリスチャンと出会う。彼は知能指数が高く両親もお金持ちで、少し気取っている。そのことで他の子供たちからいじめられる。夜中、ベッドの上で寝ていたクリスチャンは、襲撃され、素っ裸にされしくしくと泣く。
うつ状態の女と、クリスチャンは、出会って以来お互い惹かれあい、一晩を共にするまでに。クリスチャンは、女の服をめくり、乳首や股間を眺める。女は彼の目の前で裸になる。エロい描写だった。その後、クリスチャンはそのことを友達に話して聞かせる。「中はどんな感じだった?」と聞かれると、「気持ち良かった」と答える。
2013/05/13
オーメン2/ダミアン (1978)
Damien: Omen II (1978) ★★★
第一作の「オーメン」とそのリメイク版、それからオーメンに似せたようなホラー映画を数本観たことあるが、「オーメン2」をちゃんと観たことがなかったので鑑賞。
主役のダミアンを演じたのはジョナサン・スコット・テイラー君。ストーリーは正直言って、人の死なせ方がひねってあるなということぐらいしか印象に残っていないが、音楽や屋敷の内装など良かった。オープニングから不気味でおどろおどろしい音が流れてきて引き込まれた。そして何よりジョナサン君のことをばっちり見た。
まず彼の声のトーンが良い。義兄弟の男の子が目の前で死んでしまったときにあげる雄叫びのシーンは、巻き戻して2度見た。それからおでこ。おでこは今まであまり意識したことはなかったが、ダミアンを見ていておでこの魅力に気づいた。あと赤くなったほっぺ。真冬の山でスケートをしたりソリを滑らせたりするので、ほっぺが赤くなっていて可愛かった。陸軍学校の制服もかっこよかった。帽子を深くかぶって目に影がかかった感じが良い。
意外だったのは、ダミアンが自分が悪魔だと自覚した場面。全力で走って行って広い湖の前に座り込み涙を流していた。ダミアンは好きであんな風になったわけではなかった。それなのにみんなから忌み嫌われ、殺された方が良い存在だと思われるのだった。ダミアンはむしろ被害者だと思った。
第一作の「オーメン」とそのリメイク版、それからオーメンに似せたようなホラー映画を数本観たことあるが、「オーメン2」をちゃんと観たことがなかったので鑑賞。
主役のダミアンを演じたのはジョナサン・スコット・テイラー君。ストーリーは正直言って、人の死なせ方がひねってあるなということぐらいしか印象に残っていないが、音楽や屋敷の内装など良かった。オープニングから不気味でおどろおどろしい音が流れてきて引き込まれた。そして何よりジョナサン君のことをばっちり見た。
まず彼の声のトーンが良い。義兄弟の男の子が目の前で死んでしまったときにあげる雄叫びのシーンは、巻き戻して2度見た。それからおでこ。おでこは今まであまり意識したことはなかったが、ダミアンを見ていておでこの魅力に気づいた。あと赤くなったほっぺ。真冬の山でスケートをしたりソリを滑らせたりするので、ほっぺが赤くなっていて可愛かった。陸軍学校の制服もかっこよかった。帽子を深くかぶって目に影がかかった感じが良い。
意外だったのは、ダミアンが自分が悪魔だと自覚した場面。全力で走って行って広い湖の前に座り込み涙を流していた。ダミアンは好きであんな風になったわけではなかった。それなのにみんなから忌み嫌われ、殺された方が良い存在だと思われるのだった。ダミアンはむしろ被害者だと思った。
2013/04/29
沈黙の壁 (1974) <未>
El muro del silencio (1974) ★★★★
「エル・トポ」に出てきた裸ん坊の男の子ブロンティス・ホドロフスキー君主演。彼の子役時代を観るのはこれが2作目。大人になってから出演した「サンタ・サングレ」など、実の父親アレハンドロ・ホドロフスキー監督の作品に多く出演しているが、この「El muro del silencio」は別の監督。
ブロンティス・ホドロフスキー君は個人的に好きな子役。謎めいたところが良い。「エル・トポ」では、登場シーンは少なく、まともに声を聞くこともなかったが、この映画ではしっかり観られた。
ジャンルは、サイコスリラー。過保護な母親に育てられたダニエル(Brontis Jodorowsky)は学校にも通っておらず、いつも一人で遊んでいる。映画のタイトルをそのまま訳すと「沈黙の壁」。ダニエルは、近所にある壁の向こう側で、自分だけの世界を作り上げているようだった。薄暗い中を自分で作ったブランコに揺られている姿は不気味だった。
ダニエルの母親レジーナは、病気がちで突然発作に襲われる。彼女とダニエルが住んでいる屋敷は本来彼らのものではなく、レジーナは自分が死んでしまったあとに、ダニエルが居場所に困らないよう必死になっている。しかし大切に思うあまり、ダニエルを半ば拘束気味に。ダニエルは、母親に発作が現れて倒れると、急いで薬を取ってくる。2人の絆は深いように思われた。
ダニエルは、親戚の叔父さんジョージの所に一時的に住まわせてもらうことになる。そこの子供たちと過ごす日々は、今まで過保護に育てられたダニエルにとって初めての体験も多い。ダニエルは食事を手で食べる行儀の悪い子供たちに連れられて湖に行く。脱いだ服を丁寧に畳むダニエルを見て他の子供たちは笑う。おそるおそるゆっくりと水に入ろうとするダニエルを担いで、投げ入れる。夜中、真っ暗な部屋で寝るダニエルは、怖くなって、隣の子のベッドに入るが、蹴りだされる。
そんなことを経て、ダニエルは少し強くなる(Coming of Ageもの?)。家の中の置物のわざと落として壊し、自分がやったと白状する。ベルトで叩かれるが弱音を吐かない。金の時計を盗み、それをお手伝いさんのせいにもする。あるとき屋根に上っていたダニエルをレジーナは目撃する。危ないと、ダニエルを叱ってビンタする。ダニエルは涙を流す。
ラストシーンではレジーナを再び発作が襲う。カバンの中にある薬を持ってくるようダニエルに頼む。しかしダニエルは冷たい目でレジーナを見るばかりで動こうとしない。今まで大切に育ててきた息子に裏切られるレジーナだった。
「エル・トポ」に出てきた裸ん坊の男の子ブロンティス・ホドロフスキー君主演。彼の子役時代を観るのはこれが2作目。大人になってから出演した「サンタ・サングレ」など、実の父親アレハンドロ・ホドロフスキー監督の作品に多く出演しているが、この「El muro del silencio」は別の監督。
ブロンティス・ホドロフスキー君は個人的に好きな子役。謎めいたところが良い。「エル・トポ」では、登場シーンは少なく、まともに声を聞くこともなかったが、この映画ではしっかり観られた。
ジャンルは、サイコスリラー。過保護な母親に育てられたダニエル(Brontis Jodorowsky)は学校にも通っておらず、いつも一人で遊んでいる。映画のタイトルをそのまま訳すと「沈黙の壁」。ダニエルは、近所にある壁の向こう側で、自分だけの世界を作り上げているようだった。薄暗い中を自分で作ったブランコに揺られている姿は不気味だった。
ダニエルの母親レジーナは、病気がちで突然発作に襲われる。彼女とダニエルが住んでいる屋敷は本来彼らのものではなく、レジーナは自分が死んでしまったあとに、ダニエルが居場所に困らないよう必死になっている。しかし大切に思うあまり、ダニエルを半ば拘束気味に。ダニエルは、母親に発作が現れて倒れると、急いで薬を取ってくる。2人の絆は深いように思われた。
ダニエルは、親戚の叔父さんジョージの所に一時的に住まわせてもらうことになる。そこの子供たちと過ごす日々は、今まで過保護に育てられたダニエルにとって初めての体験も多い。ダニエルは食事を手で食べる行儀の悪い子供たちに連れられて湖に行く。脱いだ服を丁寧に畳むダニエルを見て他の子供たちは笑う。おそるおそるゆっくりと水に入ろうとするダニエルを担いで、投げ入れる。夜中、真っ暗な部屋で寝るダニエルは、怖くなって、隣の子のベッドに入るが、蹴りだされる。
そんなことを経て、ダニエルは少し強くなる(Coming of Ageもの?)。家の中の置物のわざと落として壊し、自分がやったと白状する。ベルトで叩かれるが弱音を吐かない。金の時計を盗み、それをお手伝いさんのせいにもする。あるとき屋根に上っていたダニエルをレジーナは目撃する。危ないと、ダニエルを叱ってビンタする。ダニエルは涙を流す。
ラストシーンではレジーナを再び発作が襲う。カバンの中にある薬を持ってくるようダニエルに頼む。しかしダニエルは冷たい目でレジーナを見るばかりで動こうとしない。今まで大切に育ててきた息子に裏切られるレジーナだった。
2013/04/15
行け!パラゴン (1970) <未>
Paragon, gola! (1970) ★★★★
ポーランドのサッカー少年たちを描いたもの。話の中心は人々の生活の様子でサッカーをしている場面は少ない。
主役のパラゴン(愛称)はがっしりした体形で運動神経の良い少年。演じたのはMarian Tchórznicki。彼の父親は出ていったきりで、鉄道関係の仕事に携わる母親とパラゴンは2人で細々と生活していた。パラゴンが所属するチームは正式なものではなく、ぼろぼろのボールを使って仲間とサッカーをしていたのだが、別のチームの子供たちにボールのことを馬鹿にされる。その後パラゴンはプロの選手たちが練習しているフィールドへ行き、飛んできたボールを選手に渡す役目をこなしながらこっそりボールを1つ盗むのだった。チームの仲間たちはどこで手に入れてきたのかを問いただすが、パラゴンは「関係ないことさ」とだけ言いサッカーに興じていた。しかしたまたま盗んできたボールの持ち主、有名なサッカー選手のstefanekが通りかかり、盗みを働いたことが仲間たちにばれてしまってパラゴンは仲間はずれにされてしまう。
喫茶店で喧嘩をして警察沙汰になったり、ユニフォームをそろえるための積立金を失ってしまったり、その他にもチームの合併の危機、パラゴンの母親の入院、悪徳な契約など、いろんなトラブルをなんとか乗り越えていきながら、パラゴンの所属チーム「Siren」はトーナメントを勝ち抜き見事優勝する。良い意味でも悪い意味でも元気な子供たちを観ることが出来た。パラゴンは怪我のせいで決勝戦には出場していなかったが病室でラジオを聞いて雄叫びをあげていた。
ポーランドのサッカー少年たちを描いたもの。話の中心は人々の生活の様子でサッカーをしている場面は少ない。
主役のパラゴン(愛称)はがっしりした体形で運動神経の良い少年。演じたのはMarian Tchórznicki。彼の父親は出ていったきりで、鉄道関係の仕事に携わる母親とパラゴンは2人で細々と生活していた。パラゴンが所属するチームは正式なものではなく、ぼろぼろのボールを使って仲間とサッカーをしていたのだが、別のチームの子供たちにボールのことを馬鹿にされる。その後パラゴンはプロの選手たちが練習しているフィールドへ行き、飛んできたボールを選手に渡す役目をこなしながらこっそりボールを1つ盗むのだった。チームの仲間たちはどこで手に入れてきたのかを問いただすが、パラゴンは「関係ないことさ」とだけ言いサッカーに興じていた。しかしたまたま盗んできたボールの持ち主、有名なサッカー選手のstefanekが通りかかり、盗みを働いたことが仲間たちにばれてしまってパラゴンは仲間はずれにされてしまう。
喫茶店で喧嘩をして警察沙汰になったり、ユニフォームをそろえるための積立金を失ってしまったり、その他にもチームの合併の危機、パラゴンの母親の入院、悪徳な契約など、いろんなトラブルをなんとか乗り越えていきながら、パラゴンの所属チーム「Siren」はトーナメントを勝ち抜き見事優勝する。良い意味でも悪い意味でも元気な子供たちを観ることが出来た。パラゴンは怪我のせいで決勝戦には出場していなかったが病室でラジオを聞いて雄叫びをあげていた。
2013/04/07
おもいでの夏 (1971)
Summer of '42 (1971) ★★★★
ニューイングランドの沖合いに浮かぶ美しい島を舞台に思春期の男子3人組をノスタルジックに描く。笑える場面も多いが、ぎりぎりのところでコメディではない作品だと思う。
むさくるしい男子3人組による馬鹿な行動は、見ていてこっちまで恥ずかしくなった。自分も経験したようなことでもあって、映画の最中に恥ずかしいエピソードを思い出したりした。ちょっとした大人だったら口にしそうにないことばかりを主役の男子たちが言っていて笑ってしまう。「家族と暮らしているの?」と聞かれると、「はい。でも僕は僕だけでやってます」などは笑いのツボにはまった。
女の子を映画に誘って隣同士座るのだが、男たちはおっぱいを触ることしか頭にない。あまりにしつこいので、下腹部にパンチをもらっていた。それでもあきらめず、映画が終わって女の子と別れると、「11分もおっぱいに触っていたぜ」と、お互いに功績(?)を自慢しあう。11分という具体的な数字をあげるところなど笑える。結局、「おっぱいじゃなくて、腕だったぞ」と相棒から指摘され、ふてくされるのだった。
薬局にコンドームを買いに行く場面など、あまりに馬鹿すぎてヤラセ感が出てしまっていた(それでも面白かった)。自分が中学の時に部活の先輩から「コンドームはお守りになるから財布の中に入れておけ」と教えられたが、この映画でもコンドームのことを「ラッキーチャーム」と表現していて、40年前のアメリカでも同じだったのだなと思っておかしくなった。
突っ込みどころ満載で、ずっと笑っていられるような内容だったが、ラストはしんみりとする。近所のお姉さんとベッドを共にするときなど、今までの馬鹿さがいきなり吹っ飛んで、真面目で哀愁漂う表情を浮かべていた。話をまとめてきたのかもしれないが、その場面では退屈した。
ニューイングランドの沖合いに浮かぶ美しい島を舞台に思春期の男子3人組をノスタルジックに描く。笑える場面も多いが、ぎりぎりのところでコメディではない作品だと思う。
むさくるしい男子3人組による馬鹿な行動は、見ていてこっちまで恥ずかしくなった。自分も経験したようなことでもあって、映画の最中に恥ずかしいエピソードを思い出したりした。ちょっとした大人だったら口にしそうにないことばかりを主役の男子たちが言っていて笑ってしまう。「家族と暮らしているの?」と聞かれると、「はい。でも僕は僕だけでやってます」などは笑いのツボにはまった。
女の子を映画に誘って隣同士座るのだが、男たちはおっぱいを触ることしか頭にない。あまりにしつこいので、下腹部にパンチをもらっていた。それでもあきらめず、映画が終わって女の子と別れると、「11分もおっぱいに触っていたぜ」と、お互いに功績(?)を自慢しあう。11分という具体的な数字をあげるところなど笑える。結局、「おっぱいじゃなくて、腕だったぞ」と相棒から指摘され、ふてくされるのだった。
薬局にコンドームを買いに行く場面など、あまりに馬鹿すぎてヤラセ感が出てしまっていた(それでも面白かった)。自分が中学の時に部活の先輩から「コンドームはお守りになるから財布の中に入れておけ」と教えられたが、この映画でもコンドームのことを「ラッキーチャーム」と表現していて、40年前のアメリカでも同じだったのだなと思っておかしくなった。
突っ込みどころ満載で、ずっと笑っていられるような内容だったが、ラストはしんみりとする。近所のお姉さんとベッドを共にするときなど、今までの馬鹿さがいきなり吹っ飛んで、真面目で哀愁漂う表情を浮かべていた。話をまとめてきたのかもしれないが、その場面では退屈した。
2013/04/01
妖精たちの森 (1971)
The Nightcomers (1971) ★★★★
舞台は20世紀初頭のイギリス、田園風景の中にそびえる大邸宅。のどかな草木、空の色、クラシックな建物、服装など、眺めているだけで満足する映像の美しさだった。邦題の意味する妖精たちとは、幼いマイルズ(Christopher Ellis)とフローラ姉弟のこと。どちらも美男美女ときていて、ストーリー以上に視覚から得るものが大きかった。
特にマイルズ。風貌もそうだが、話し方や表情など、とても上品。心もピュアで、それゆえに、見たものをそのまま吸収していく。ただ、大人の悪い部分だけを吸収し、自分のものにしていくのだった。
天使のような2人だが、涼しい顔でひどいことをする見た目とのギャップが魅力的だった。セックスというものを目撃したマイルズは、姉を相手に見よう見まねで実践する。姉をロープで縛り、鞭を打ち、「約束したろ、愛のエクスタシーを味わうって」というような、SMビデオさながらのセリフを飛ばす。二人の声を聞きつけた使用人が「何をしているの!?」と問い詰めると、マイルズは「じゃあ正直に言うからね。セックスしてたんだ」と、さらっと返答する。
突拍子のない展開を迎えて、多少興ざめはしたものの、マイルズを観ることのできるこの映画の価値は高い。
舞台は20世紀初頭のイギリス、田園風景の中にそびえる大邸宅。のどかな草木、空の色、クラシックな建物、服装など、眺めているだけで満足する映像の美しさだった。邦題の意味する妖精たちとは、幼いマイルズ(Christopher Ellis)とフローラ姉弟のこと。どちらも美男美女ときていて、ストーリー以上に視覚から得るものが大きかった。
特にマイルズ。風貌もそうだが、話し方や表情など、とても上品。心もピュアで、それゆえに、見たものをそのまま吸収していく。ただ、大人の悪い部分だけを吸収し、自分のものにしていくのだった。
天使のような2人だが、涼しい顔でひどいことをする見た目とのギャップが魅力的だった。セックスというものを目撃したマイルズは、姉を相手に見よう見まねで実践する。姉をロープで縛り、鞭を打ち、「約束したろ、愛のエクスタシーを味わうって」というような、SMビデオさながらのセリフを飛ばす。二人の声を聞きつけた使用人が「何をしているの!?」と問い詰めると、マイルズは「じゃあ正直に言うからね。セックスしてたんだ」と、さらっと返答する。
突拍子のない展開を迎えて、多少興ざめはしたものの、マイルズを観ることのできるこの映画の価値は高い。
2013/03/29
アフリカの鳥 (1975)
アフリカの鳥 (1975) ★★★★
学校の成績は悪いが毎日を楽しそうに過ごす強(神谷政治)と、親から強要される勉強を真面目にこなす徹。どちらが良いのだろう。
徹が塾で勉強しているときに、強とその友達は川辺に遊びに行き、野鳥を観察して日記にまとめる。テストの点数こそ悪いが、そんな風に自分の好きなことには没頭できる。
一方徹は、親から言われるがまま塾に通い、強たちとは距離を置くようになる。塾では、先生の質問に答えられなければ、竹刀でお尻を叩かれる。そして子供たちは「ありがとうございます」と返事しなければならない。今の時代だったらありえない。徹はノイローゼ気味になり、家出をする。
そんなときに徹のおじいちゃんが口にした、「学問とは、心を豊かにするためにするものじゃ」という言葉には考えさせられた。下手をすれば、この言葉は学問をさぼる理由になりかねない。しばらく適当な解釈を見出そうとしたが、難しかった。
そういえば、野鳥観察が趣味の青年が、鳥の図鑑を読むために英語を勉強したということを言っていたが、そんな風に努力するには目的が必要だと思う。単純にテストで良い点数を取るというのでもいいと思う。良い点数が返ってきたときには、達成感に包まれて心も豊かになるだろう。
学校の成績は悪いが毎日を楽しそうに過ごす強(神谷政治)と、親から強要される勉強を真面目にこなす徹。どちらが良いのだろう。
徹が塾で勉強しているときに、強とその友達は川辺に遊びに行き、野鳥を観察して日記にまとめる。テストの点数こそ悪いが、そんな風に自分の好きなことには没頭できる。
一方徹は、親から言われるがまま塾に通い、強たちとは距離を置くようになる。塾では、先生の質問に答えられなければ、竹刀でお尻を叩かれる。そして子供たちは「ありがとうございます」と返事しなければならない。今の時代だったらありえない。徹はノイローゼ気味になり、家出をする。
そんなときに徹のおじいちゃんが口にした、「学問とは、心を豊かにするためにするものじゃ」という言葉には考えさせられた。下手をすれば、この言葉は学問をさぼる理由になりかねない。しばらく適当な解釈を見出そうとしたが、難しかった。
そういえば、野鳥観察が趣味の青年が、鳥の図鑑を読むために英語を勉強したということを言っていたが、そんな風に努力するには目的が必要だと思う。単純にテストで良い点数を取るというのでもいいと思う。良い点数が返ってきたときには、達成感に包まれて心も豊かになるだろう。
2013/03/27
恋 (1970)
The Go-Between (1970) ★★★
とてもピュアな12歳の少年レオ(Dominic Guard)は別荘でひと夏を過ごすことになる。そこで1人の女性と出会い、性に目覚める。美しいイギリスの田園風景、立派な屋敷、女性たち、装飾品、洋服などが見どころ。
レオが恋心を寄せるのは、年上のマリアンだった。しかしマリアンは別の男に惚れていて、その男に手紙を書き、レオに届けるよう言い渡す。何も知らないレオは、マリアンが喜んでくれることがただ嬉しくて、素直に手紙を届けにいく。
レオは純粋すぎて、大人たちに言われるがままになっていたようで可哀そうだった。何度も手紙の渡し役を担うので「マーキュリー」だったり「ポストマン」だったり、かっこ悪いあだ名をつけられる。
大人たちに囲まれる中、新調した緑色の服を着させられ、さらに踏み台の上に立たされて、似合うわよ、可愛いわね、などと大人たちにささやかれる場面があったが、自分が小さいときは、ああいうのは苦手で、絶対に踏み台に登らなかっただろうなと思った。ラストシーンでは、レオは惚れていたマリアンと男がセックスしている場面を目撃してしまうので、やるせなかった。しかしここでレオは、興味深く質問していたことを目の前にし、とにかく成長したのだと思う。
とてもピュアな12歳の少年レオ(Dominic Guard)は別荘でひと夏を過ごすことになる。そこで1人の女性と出会い、性に目覚める。美しいイギリスの田園風景、立派な屋敷、女性たち、装飾品、洋服などが見どころ。
レオが恋心を寄せるのは、年上のマリアンだった。しかしマリアンは別の男に惚れていて、その男に手紙を書き、レオに届けるよう言い渡す。何も知らないレオは、マリアンが喜んでくれることがただ嬉しくて、素直に手紙を届けにいく。
レオは純粋すぎて、大人たちに言われるがままになっていたようで可哀そうだった。何度も手紙の渡し役を担うので「マーキュリー」だったり「ポストマン」だったり、かっこ悪いあだ名をつけられる。
大人たちに囲まれる中、新調した緑色の服を着させられ、さらに踏み台の上に立たされて、似合うわよ、可愛いわね、などと大人たちにささやかれる場面があったが、自分が小さいときは、ああいうのは苦手で、絶対に踏み台に登らなかっただろうなと思った。ラストシーンでは、レオは惚れていたマリアンと男がセックスしている場面を目撃してしまうので、やるせなかった。しかしここでレオは、興味深く質問していたことを目の前にし、とにかく成長したのだと思う。
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