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2015/02/25

トラッシュ!-この街が輝く日まで- (2014)

Trash (2014) ★★★★

ゴミ山で暮らす3人の少年たちが政治的に隠ぺいしなければならない情報の入った財布を拾ってしまったことで、警察から命を狙われることになる。ブラジルの警察は、まずいことになればゴミ山の貧乏人なんて始末してしまえばいいと考えている。

「僕たちが何をした」とラファエル、ガルド、ラットの3人の少年たちは訴えかけている。何をしたわけでもないのに虐げられてゴミ山で大変な生活を送っている。抵抗すると痛い目を見る、おとなしくしている方が利口だ、と考える大人もいるが、3人の少年たちは「正しいことをする」という単純明快な理由で、おじけづくことなく国家権力に抵抗するのだった。

実際にスラムで育った少年をキャスティングしたとのことで、素人の子供を主役にこれほど予算のかかってそうな大作映画をよく撮れるなと思った。(今の日本映画だと無理?)内容も素晴らしく、「リトルダンサー」などを楽しめた方は十分見る価値があると思う。若干映画的なご都合主義、ストーリー的にみたらうまくいきすぎだろと思える場面もあるが、それらがマイナスになっているわけではなく、映画の完成度を高めて見やすくもなっていると思う。あまりに現実的になりすぎず、ブラジルの黒い部分は多少グロテスクな表現を使ってでもしっかりと伝え、少年たちの正直な行動を観ることによって希望を与えてもらえる映画だと思う。

決して豊かではない社会の中でもそれらと上手く付き合って乗り越えていく少年たちに逞しさを感じた。ゴミ山で過ごす人たち、少年たちがいつか住みたいと思っている綺麗なビーチ、お手伝いさんを雇って立派な家に住んでいる政治家、ワイロを渡さないと通してくれない男、警察に追われている3人を助けてくれる親切なお姉さん。いろんな良いもの悪いものが混在した社会だった。

クライマックスに墓地で現れる女の子は幽霊なのかと思って観ていたが実存する女の子だった。


2014/12/05

天才スピヴェット (2013)

L'extravagant voyage du jeune et prodigieux T.S. Spivet (2013) ★★★★

全く予備知識なしで鑑賞。T.S.スピヴェット(Kyle Catlett)は、半永久的に稼働する磁気装置を発明する。権威のある賞を受賞し、電話越しに学会に招待されスピーチをすることに。誰も彼が6才であるということを知らない。

子供であることがばれてしまったら、受賞を取り消されるかもしれないと思ったスピヴェット少年は、誰にも言わずに一人でワシントンDCのスミソニアンに向かう。警察の捜索をかいくぐったり、ハイウェイでごっついトラックをヒッチハイクしたり、様々な困難を乗り越え学会会場に向かう。持ち前の頭脳を生かして論理的に分析を重ねていく一方、家族の写真を眺めては夜な夜な泣いてしまう幼い一面もあり。

カラフルで楽しげな映像は「グランド・ブダペスト・ホテル」と似ていると思った。ストーリー的には分かりやすいのだが、笑いどころに関しては独特のセンスで満載。旅の途中でスピヴェットが胸のあたりを強く打ち、大きく広がった青痣ができる。大人が彼を抱き上げられる度にスピヴェットが痛みで叫ぶ。あってもなくてもいいような場面だが面白かった。

がっつりとスピヴェット少年の物語で、アメリカ横断を通して彼が成長する、久しぶりのカミングオブエイジものを見たという感じ。天才役なだけでなく、実生活の彼も6か国語を話し、武道のセンスもよく、世界大会でも優秀な成績を収めている。「ものすごくうるさくてありえないほど近い」のトーマス・ホーンみたいに正真正銘の天才子役という感じ。

万人受けするようなハートフルなストーリーで、見ている最中幸せな気分だった。そこが良さだと思うが、一風変わった作品を撮ってきたジャン=ピエール・ジュネ監督だけに、もっと攻めた感じも求められたのかもしれない。


2014/11/30

6才のボクが、大人になるまで。 (2014)

Boyhood (2014) ★★★

当時6歳だったメイソン(Ellar Coltrane)を12年間かけて撮影している。姉のサマンサも一緒に年を重ねていく。一つ思ったのが、メイソンもサマンサも、始めはすごく可愛いが、13、4歳ぐらいの思春期になると、もっさりした長い髪、ニキビなども出てきて、不細工になる。もう少し成長すると、イケメン、美人になっていく。大人になるためにはいったん醜くならないとだめなのか。

正直期待していたほどの内容ではなかった。12年間かけたといっても、数年おきにそれぞれの役者が一緒に撮影に参加して、って感じで断片的。どこの家庭にもありそうなホームビデオを古い年順に観た感じ。実際に撮影は、学校に通わなければならないメイソンのこともあって、各年の夏休み期間だけに限定されていたらしい。確かに役者の顔の変化は明らかだが、長い撮影期間が話題になっている割には、思ってたよりすごくないとがっかりする感じ。同じように1人の少年の人生を描いた「ニュー・シネマ・パラダイス」では、過去と現在がつながっていく的な、ずっと変わらず一貫したものがあった気がする。

ただ、それと比較するのも変な話で、この映画の場合は撮影を始めた段階で、シナリオはしっかり立っておらず、撮影しながらストーリーを構築していったらしい。より自然な形でメイソンの成長を追おうというコンセプト。それが行き当たりばったりに思えてしまったのだった。

12年間かけただけあって、その当時話題になった出来事、アイテムがこれ見よがしに画面に映される。メイソンが子供のころには任天堂のゲームボーイ、思春期ごろにはiPod。さらに政治の分野では、ブッシュ批判からの、オバマ推しなど。そしてハリポタ、レディガガブーム。子供のころのメイソンがドラゴンボールのアニメ見ていたのがうれしかった。部屋に張ってあるポスターやベッドの布団カバーもドラゴンボール。

観終わった時にはなんとも言えないむなしさが残った。メイソンが成長し、大学に行くために家を出ていく。そのときの母親の言葉が切なかった。「結婚して離婚して、あなたを育てて、今あなたは家を出ていく。このあと私に残っているのは葬式だけ」と、いきなり泣き出して言うのだった。思い返してみれば、家族にとっては辛い時間の方が多かった。生きていく意味を考えさせられる。

デリカシーのない父親が年頃の娘に向かってコンドームの話をするくだりが面白かった。サマンサもメイソンも照れと呆れの混じった顔をしていた。


2014/10/18

Yohan - Barnevandrer (2010)

Yohan - Barnevandrer (2010) ★★★★

「オリバー・ツイスト」のように、貧しい中で健気に生きている少年の話。誰でも楽しめるファミリー映画で、期待を裏切られることなく、ある程度展開が予想できる(?)おじいちゃんが、自分の幼少期を話して聞かせる形で映画が始まる。以下は感想というよりは、話のあらすじ。

1980年代、ノルウェイの貧しい家庭に生まれたヨハン(Robin Pedersen Daniel)。金髪の男兄弟が五人ほどいた。一番の末っ子は、病気がちで咳がとまらない。冬になって雪が積もると、食料も底をついてきて、生活できなくなる。子供たちを農場へ出稼ぎに行かせるという誘いもあったが、父親は絶対に息子たちをそんなところへやりたくなかった。家族を置いて、自分だけで出稼ぎに行く。しかし、父親がいないときに、母親が死産をしてしまう。兄弟たちは、この不幸をヨハンのせいにする。ヨハンは、働かずに、ハーモニカを吹いたり、動物を追いかけたり、自分勝手なところがあったので、彼にあたったのだった。内緒でヨハンの名前を出稼ぎリストにサインする。

ヨハンは、同じように農場に引き取られる子供たちと列をなして、険しい山を下りる。その時友達になったのが、女の子のアナと幼い弟のオライだった。

ヨハンが働くことになった農場には、意地悪な兄弟がいた。汚い恰好をしているヨハンを見ると、馬鹿にしたように笑う。そして、仕事を少しさぼっているのを見つけると、お父さんに大げさに告げ口し、真に受けた父親は、ヨハンの手を鞭で打つのだった。

アナとは、たまに会うことができた。数少ない味方だった。しかし、アナはいつも元気がない。足や顔には痛々しい痣がある。アナの仕事先の農場は、ヨハンのところより意地悪な農場主がいた。そしてあるとき、アナの代わりに別の男の子がやってくる。アナはどうしたんだ?と聞くと、死んだよと言われる。

アナが死んでしまったと聞き、悪夢にうなされるヨハン。思わず、農場を飛び出して、アナのところへ向かう。するとアナは生きていた。死んだと聞かされていたのはデマだった。しかし病気を患っており、幼い弟と一緒に馬小屋のわらの上で寝たきりになっていた。何とか助け出そうと、放浪しているジプシーたちに協力を求めて、アナを救出する。

船で各国を旅していたヨハンの父親が故郷に戻ってくる。港で、息子が出稼ぎに出ていると聞かされ、ヨハンが逃げ出してきた農場へ向かい、息子の足取りをたどる。

アナとオライとヨハンは、夕暮れ時に、魚を捕まえて、たき火をしていた。暗くなってきた頃に、大きなクマが現れる。ヨハンは、火を使ってクマを追い払おうとするのだが、突然銃声が響いて、クマが倒れる、ヨハンの父親その場にやってきて、クマを撃ったのだった。親子の再会だった。

翌日、家畜を食い荒らすクマを倒してくれたということで、ヨハンと父親は、農場主からお礼をたくさんもらう。ヨハンに意地悪ばかりしていた兄弟も、ヨハンに靴をプレゼントしたり、反省していた。無事家族のもとに帰り、ハッピーエンド。死産をした母親を思ってか、アナとオライも、家族の仲間に入れる。


1er amour (2013)

1er amour (2013) ★★★★

憎いほど映像が美しかった。夏休み、山の中の別荘にやってきた父母息子の三人。緑生い茂る大自然の中、太陽の光をたっぷり浴びて、優雅にランチ。テーブルの上には赤ワインなんかおいてあって、フランス語で流暢におしゃべり。うらやましすぎる夏休み。しかし、浮かれすぎていたせいか、近所の住民との関係が色恋沙汰に発展し、家族はバラバラになり始める。。

13歳のアントワーヌ(Loïc Esteves)は、隣に住んでいる女の子に一目ぼれをする。タイトルを日本語に訳すと「初恋」。彼の甘酸っぱくて切ない初恋物語である。初めて女の子を好きになるのだが、その子にはすでにボーイフレンドがいた。目の前でいちゃいちゃする二人を、さびしそうに眺めることしかできないアントワーヌ。

アントワーヌが恋に落ちる女の子、アンナは、精神的に不安定だった。両親がいない間に、部屋に男友達、アントワーヌを呼び込んで、クラブミュージックもガンガンかけて、煙草を吸ったりドラッグをやったりしている。ちょっとだけやってみないかと、ジュースの中に混ぜ、アントワーヌにも飲ませるのだった。そこからのアントワーヌが、ぼんやりと虚ろな目をして、フラフラで、なんとも言えない色気を漂わせていた。彼の魅力たっぷりに作られたような映画。

オナニーする場面があった。好きな女の子にドラッグを盛られて、ふわふわしながら家に戻ってきて、窓から月明かりの空をぼんやり見つめる。ベッドに横になって、あの子のことを考えながら、しこしこし始めると、「こんな時間までどこに行ってたの!?」と、いきなり母親が入ってくる。ぎりぎりばれずに済んだ。

実らぬ初恋によって落ち込んでいるアントワーヌが、大自然の中を、クラシック音楽に合わせて歩き回る。そういう美しい場面が多い。誰にも悩みを相談できずに、自分の中にため込んでいくアントワーヌ。しかも、そんな風に歩き回っているうちに、次から次へとショッキングなことばかり目撃してしまう。特に、父親とアンナが、木陰でキスや、それ以上のことまでやっているところに遭遇したとき、アントワーヌは思わず涙を流す。

それにしても、アントワーヌの父親もどうかと思う。ずいぶん年の離れた女の子と、しかも野外でいやらしいことをし始めるのだ。息子のアントワーヌに見られてしまい、父親の威厳が完全になくなる。ただアントワーヌも、このことを誰かに言ってしまえば、家庭が崩壊してしまうかもしれず、誰にも言えない。まさか好きな女の子が、自分の父親と…

そしてそのあとの食事のシーン。アントワーヌは、テーブルに置いてある料理には目もくれず、父親をずっと睨みつけている。父親もその鋭い視線を痛いぐらい感じているのだが、恐る恐るちらっとアントワーヌを見るだけで、すぐに目をそらす。そんな二人の異常さを母親も察する。昼間の太陽に照らされ美しい緑の中、その場だけが異様な冷たさ。

最終的に、父親と女の子とのことは、みんなに知れ渡ってしまう。母親は泣いて、女の子は、海の方へ駆けていき、飛び込む。そしてアントワーヌは、女の子を追いかけて、おぼれているその子を救い上げるのだった。


2014/10/16

Obediencia perfecta (2014)

Obediencia perfecta (2014) ★★★★★

寄宿舎で修行を積むジュリアンと、エンジェル神父の不思議な関係を描いた作品。神学校は規律が厳しく、もちろん女の子はいないし、そこで生活する年頃の男の子たちにとっては、欲求不満でおかしくなりそうな環境だと思う。あと、生徒たちを導く神父たちにとっては、若くて可愛い少年たちと毎日一緒に過ごしていれば、そのうち変な感情が芽生えてしまうかもしれない。そういった寄宿舎での危険な雰囲気がテーマになっている映画でいうと「バッド・エデュケーション」「The Boys of St. Vincent」など見たことがあるが、それらでは、子供たちを虐待した神父が悪い、と分かりやすい構図だったが、この映画では、子供たち、神父たち、どちら側の立場からも描いていて、奥が深いと思った。神父たちが、ジュリアンのことを気に入るのは分かるが、ジュリアンも、自分に良くしてくれる神父たちに悪い気はしていないようだった。しかし中には見るからにゲイである神父もいたりして、体を触られるなど被害を受けた生徒が、泣きながら親に電話をするという場面もあった。夜中に神父が子供たちの寝ている部屋に入ってきて、ある男の子のところへ行き、そっと起して、別の部屋にその子を連れて行くという場面も何度かあった。


ジュリアンは、神学校に入ることを親と約束していた。親とは離れるが、神学校全体が一つの家族という感じだった。神父と少年たちはお互いのことを、Father, Sonと呼びあうのだった。

ジュリアンは、いつも使っている枕と、弟がくれたテディベアを抱いて神学校へ向かう。この時のジュリアンはまだ弱虫だった。テディベアのことで上級生たちに女々しいと馬鹿にされたり、授業中に優等生っぽく振る舞うと、あとでいじめられたりする。しかし、そこは神父たちの支えもあって、ジュリアンは立ち直り、悪友たちともつるむようになって、煙草を吸ってみたりエロ本をのぞいたりと、普通の少年のように神学校での生活を楽しんでいたようだった。

そしてあるとき、生徒一人ひとりが足を洗われる儀式(?)が行われる。真っ白の服を来た男の子たちが横一列に座って、一人ずつ、足に水をかけられて、そこにキスをしてもらうのだった(画像4)。学校で一番地位のある神父、エンジェルは、以前から気になっていたジュリアンの前に来ると、ほかの生徒にするよりも、緊張した様子で、ジュリアンの足を洗い、キスをするのだった。

エンジェル神父は、完全にジュリアンのことが気に入ってしまったようだった。少年たちがシャワーを浴びるているのを見回りするときでも、ジュリアンのところで足を止めて、眺めているし(画像5)、外でサッカーをしている子供たちの中でも特にジュリアンを目で追う。彼がシュートを決めた時に、エンジェル神父の心も射抜かれたようだった。

ついにジュリアンは、エンジェル神父から声がかかり、彼の住む屋敷に招待される。学校で寝泊まりするのではなくて、しばらくの間、広くて豪華な屋敷で生活できるのだった。これは慣習のようなもので、神父に選ばれた生徒は屋敷で寝泊まりし、彼の世話係をするのだった。エンジェル神父は、ジュリアンに「私はなぜ君を選んだのかわかるか。君の足を洗った時、神が…」と小難しいことを言っていたが、神父たちも大変で、個人的に気に入ったという理由で一緒に過ごす少年を決めてはいけなかった。あくまで宗教上の理由をこじつけて、選出しなければならないのだった。ただ、実際のそのときのエンジェル神父の気持ちは分からない。

生活を共にしていくうちに、二人の関係は変な感じになり始める。もちろん、神に服従している身の彼らの間に恋愛感情などあってはならない。エンジェルもジュリアンもそのことは分かっていた。ただ、エンジェル神父は他の生徒よりもジュリアンをひいきしてしまうし、友達と雑談し笑っている彼を、遠くの方からにんまりと眺めているのだ。

ジュリアンにとっても、選んでもらったことがうれしくて、エンジェル神父にとって自分が一番の存在ででありたかったようだった。しかしあるとき、エンジェル神父が女の人といちゃいちゃしている様子を目撃してしまう。その時こそは、神父の悪口を言うことは重い罪だと分かってはいても、エンジェル神父に口答えをしてしまうのだった。

エンジェル神父は、膀胱に痛みを感じる持病のようなものを持っていた。夜中に、エンジェル神父がその痛みで悶えていると、それを聞いたジュリアンは、ベッドから起き上がり、エンジェル神父の部屋に行く。「紅茶を持ってきましょうか。」とか、心配そうに言う。エンジェル神父は「これは神が私に与えた試練だ」とか、ジュリアンに話して聞かせる。そうしてるうちに、エンジェル神父は明かりを消して、こっちにきてくれと、ジュリアンをベッドの中に入れるのだった。そこから真っ暗で何も見えなかったが、出産するときのように苦しそうな一定のリズムで呻き声が聞こえてくる。ジュリアンがエンジェル神父の股間を癒してあげていたのだと思う。そこが一番親密な場面だった。

次第に、二人の関係も終わりに近づいてくる。ジュリアンは、エンジェル神父にもらった神の言葉が書かれたカードを、自分だけにくれたものだと思っていて、大切にしていたのだが、他の子ももらっていることに気づいてしまう。ついには、「僕とだけ一緒にいて」と言うが、エンジェル神父は「一人を特別扱いすることはできない」と言う。

そしてまた、例の足に水をかける儀式の時期になる。エンジェル神父はいつも通り、新しく入ってきた男の子たちの前に行き、次なる子を選ばなければならなかった。その儀式の際に、エンジェル神父が涙を流したところで映画が終わる。ジュリアンと離れるのがさびしかったのか。

2014/10/10

悪童日記 (2013)

A nagy füzet (2013) ★★★

昔読んだことのある小説が映画化した。普段あまり本を読まないので、映画化されると聞いた時から楽しみだった。「悪童日記」が好きになった理由としては、まるで作者に感情が籠っていないような、あっさりしている文章が、自分にとってはとても読みやすかったというのもあるし、簡単な文章の中に現れる、双子(ぼくら)や戦争の狂気みたいなものが、物語の世界観にぐいぐい引きこんでいってくれたからだった。文章の書き方について、ある人が、「少年の体のような文章」(無駄がないという意味?)と表現していたが、本当に少年の書いた日記を読んでいるようである。これは作者が母国語ではない言葉で綴った文章であるためだと言われている。普通の小説とは一味も二味も違っているところが気に入っていた。

それで、実写化された「悪童日記」のを観た感想としては、カルト映画と言っていいんじゃないのか、万人受けはしないだろうなって感じ。どろどろした家畜の餌とか糞だらけの、汚いおばあちゃんの家にやってきたのは、真っ白い小奇麗なシャツを着た少年二人。顔も服も綺麗な二人がまきを割り始める違和感。「メス犬の子供」と呼ばれ、二人とも同じ顔でおばあちゃんを睨みつけ、「死んでしまえ!」と言い捨てる。音楽も不思議だった。太鼓の音が聞こえてきた。一番期待したラストシーンは、期待以上の素晴らしさでみせてくれた。柵の上に座って、改めて覚悟を決めているような双子のうちの一人。地面から見上げるようなショットで、青空と一緒に映し出す。双子たちの手段を択ばない策略の後の、なんとも言えないすがすがしさ。

一応原作があって物語が存在するので、それには忠実になって映像化している印象だったが、何か微妙なバランスで話が展開していって、そこがまた原作の文章の狂気な感じとマッチしていると思った。傑作だったと思う。ただ、映像化不可能と言われたように、見て感想を表現することも不可能。とにかく見てもらって双子の魅力や戦争のえぐさが伝わればいいと思う。


2014/09/15

HOMESICK (2012)

HOMESICK (2012) ★★

職を失い一人でどうしようもなく一軒家にいる若者が、悪戯をしに来た3人の子供たちに元気をもらう話。正直言って面白くはなかったが、こんな駄目なやつもいるんだと、前向きな気持ちになった。

駄目なやつとは言っても、会社がつぶれてしまったことが原因なので、本人のせいではない。それなのに、しっかり自立して不動産屋で働いている幼馴染の女に、「健二君はほんとどうしようもないね」とか言われていて、何もわかっていない女だなと思った。

職を失っても、考えようによっては、自由になったととらえることができる。健二と職場の仲間たちはそう言っていたが、いざ何もすることがなくなると、落ち込んでいくのだった。そんなときに悪戯3人組が、健二のところにやってきて、多少なりとも彼は救われる。

玄関に置いてある犬の置物の顔が何度もアップになったりして、あれはいるのかとか思ったが、言葉で説明する映画ではなくて、感覚的な映画なのだと思う。気に入った場面はというと難しいが、健二と不動産屋の女との絡みを見ていて、かつて一緒に学校に通ったクラスメイトたちに同窓会で久しぶりに会った時など、ああ、こいつは落ちぶれたなとか、言葉に出さずとも思われていそうで怖い。そういう場面で、成功したと思われる人がいたとしたら、どういう人だろう。


2014/09/06

シェフ (2014)

Chef (2014) ★★★★

飛行機の機内で鑑賞。有名なシェフだったカールが、自分の料理を評論家にめちゃくちゃにけなされたことをきっかけに、トラック屋台でサンドイッチを売る商売を始める。彼にとっては屈辱的な成り下がりだったが、息子のパーシー(Emjay Anthony)と協力して屋台をまわしていくうちに、これまでほったらかしだった彼との絆が深まったり、妻や友達のありがたみを実感して生き方を改めるのだった。

初めこそ嫌な仕事だと感じても、やっているうちにやりがいを見出せるという内容に勇気をもらえた。辛い状況になっても、その分家族一丸となって乗り越えていけるし、前向きに一生懸命やっていればきっと良いことがあると思えた。

包丁で野菜を切ったり、パンをあげたり、見ていて気持ち良いぐらいの手際のよさ。これほど料理がおいしそうに見える映画は他には知らない。彼らが作る料理がジャンクフードという馴染み深い食べ物だったのでそう思えたのかもしれない。チーズのとろーり加減など最高だった。

ツイッターがキーアイテムとなって話が進んでいく。息子のパーシーは、ネットに疎い父親の変わりに、SNSを使いこなしてトラック屋台の宣伝を担当するのだった。市場で材料を仕入れて回っている最中に、さりげなくツイッターでつぶやいて、戻ってくる頃にはトラック屋台の周りに人が列を作って今か今かと開店を待ちわびているのだった。短い動画をアップできるコンテンツ、「vine」なども登場してきて、そういえばこのアプリ知ってる、こんなのも映画に出てくるようになったのか、と思った。10歳の息子が器用にスマホを使いこなしている様子を見てカールは驚いていたが、自分も彼と同じように驚いたので、そろそろ時代の変化に疎くなっているのかもしれない。

ちょうど、ひと夏の体験を描いた話だったので、旅行帰りの自分の境遇と重なって感情移入できた。パーシーは夏休みを利用して、普段は厨房にも入れさせてくれなかった父親と、屋台の厨房でせっせと肉を焼きながら各地を回った。終盤になると、そんな夏休みの日々を一日一秒撮りためてあったvineの動画をつなぎ合わせて、父親にメールで送るのだった。(画像10) 「ニューシネマパラダイス」のキスシーンのつなぎ合わせを観たときのような感動があった。息子が作ったその動画を見ながらカールは目に涙をためていたが、真っ暗な機内で自分も目をうるうるさせてしまった。やっぱり夏休みは一年で一番楽しい期間。来年からは仕事なのでそんな夏休みはなし。

個人的に、父親と息子の関係を描いた作品にぐっと来るものがある。この映画もそのひとつ。コメディタッチなので、テーマやメッセージなど、押し付けがましくもない。「スコットと朝食を」のように、ハートフルな映画だった。機内の小さい画面で観たとはいえ、本当にいい映画だったと思う。

2014/07/21

僕はもうすぐ十一歳になる。 (2014)

僕はもうすぐ十一歳になる。 (2014) ★★★

新宿のK's cinemaで一週間しか上映されないらしいので、観たい方は早めに。

十歳の男の子、翔吾(濱田響己)は昆虫が大好き。学校の友達と遊ぶよりも、一人で昆虫を追いかけているほうが楽しい。海外出張の多いお父さんになかなか会えないからといって、ひねくれている様子もない。話し方とか、表情とか、とてもクールな男の子だった。上映後の舞台挨拶で、翔吾を演じた濱田響己君を目の前で見たが、映画と同じように、クールな振る舞いで、目がきりっとしていた。

自分は子供の時、昆虫採集にはまったことはないのだが、何かを収集するということで、共通する思い出は多い。例えば、カードゲームなど、どのモンスターの攻撃力がどれだけ高くて、このカードにはこういった効果があるなど、すべて覚えていた。何千枚もあるカードの中から、母親に一枚選んでもらって、それについて説明してみせると、すごい記憶力だと驚いていた。興味のある事なら覚えられるのだった。これが英単語とかだったら、成績も良かったのに。翔吾も、助手である女の子が捕まえた昆虫の名を言い当て、昆虫博士っぷりを披露する。

この映画のテーマは死生観。昆虫を捕まえては殺し、標本にしていく翔吾が、父親の考え方や祖母の死に触れていくことで、命というものを意識し始める。最終的に、羽が破れて見た目の悪い蛾をごみ箱に捨てていた彼が、綺麗なテントウムシを捕まえても、空に逃がしてやるぐらいには、生物の命について考え始めたのだった。

全く予備知識がなかったので映画のテーマが最後まで分からず、どうなるのだろうと期待して観ることが出来た。全編を通して、何か怖いなと思ったのは自分だけではないはず。それらの原因は、翔吾の心が読めない淡々とした受け答え、お父さんの、ブータンで学んできたという生まれ変わりの意味深な言葉、ときどき見せる原因不明の寂しそうな表情、薄暗い照明の当たり方など、だろうか。特に怖さが最高潮だったのは、翔吾がおばあちゃんの遺骨を盗んできたとき。何をするつもりなのか予測できず、翔吾のクールさがさらに不気味さを煽った。家に帰って一人で部屋に籠り、こっそり盗んできたおばあちゃんの遺骨を顕微鏡でのぞく。そしてぼそっと「おばあちゃん…」とつぶやく。これだけ見ると、「この少年、何かがおかしい」と言ったフレーズのつけられていそうな、ホラー映画ぽく見えなくもない。標本にされている昆虫の隣に、おばあちゃんの遺骨も一緒に並べて、コレクションの一つにしてしまうのかと思った。そんなサイコな少年が出てくるホラー映画も少なくはない。そう展開しても面白かったかも(?)

もちろんそんな展開にはならず、おばあちゃんの遺骨は彼なりに供養して、川に流すのである。翔吾は命の尊さを意識しながら、これからも大好きな昆虫採集は続けていくべきだと思う。


2014/07/15

リアリティのダンス (2013)

La danza de la realidad (2013) ★★★★★

ホドロフスキー監督23年ぶりの新作。こんなにスパンが空いたのは単純にお金が溜まらなかったからだそう。そして現在、次回作の「フアン・ソロ」を製作中。

主役のブロンティス・ホドロフスキーは、1970年制作「エル・トポ」で、裸で馬にまたがっていたあの男の子。今回も全裸になっている。父親の映画に出るたびに、チ○コを披露させられている。完成することなく終わった「ホドロフスキーのDUNE」の時は、武道家の先生のもとで数年間訓練を受けさせられた挙句、その成果を披露する場が突然失われてしまった。映画のためなら片腕を失ってもいいという父親に振り回されている。

ホドロフスキー自身の幼少期も、権威的な父親の言うことは絶対で、逆らうことが出来なかったことが映画を観ているとわかる。「リアリティのダンス」は、ホドロフスキー自身の辛い少年時代を、慰めの意味も込めて作られた。劇中でホドロフスキーは、長髪の金髪の少年として登場してくる。父はそんな彼のことが気に入らず、オカマだとか言って、幼児虐待ではないかというぐらいに厳しく接する。バコバコと殴り、「もっと叩いてください!」と言わせて、歯が折れてしまうまでやめない。そのあと彼を歯医者に連れて行って治療をするのだが、父親は医者に「麻酔なしで治療してください(あとでフランス産のワインを贈るから)」と言って、医者と父親とで、ホドロフスキー少年をいじめる。印象的だったのは、足の裏くすぐり拷問である。「男なら絶対笑うな!」と、ホドロフスキーを裸にし、鳥の羽で足とか脇とか鼻をこちょこちょするのである。何の意味があったのか。

前半はほとんど、苦しむホドロフスキー少年を観ていた感がある。斬新で面白いと思った場面は、少年たちによる集団オナニーの場面。学校の授業か何かで海岸に来ていた生徒たちの中の、ある男の子が「シコシコしようぜ」と周りの子たちを誘い、人目のつかないところに移動する。ホドロフスキー少年もついていく。それで10人ぐらいでシコシコし始めるのだが、直接的には映っていなかった。そのかわり一人一人が、チ○コの形を再現した木の棒を持って、それをこすり始めるのである。みんなシンプルな形をした木の棒なのだが、ホドロフスキーの棒だけ、先の方が膨らんでいた。それを見た周りの少年たちは「キノコだ!」と大笑いし、深く傷ついたホドロフスキーは海に身投げ自殺をしようとする。実際に彼は割礼をされていたので、先が膨らんだ木の棒だったというわけだった。

少年期のホドロフスキーを演じたのは、イェレミアス・ハースコヴィッツ(Jeremias Herskovits)。まつ毛が長くて唇が赤くて、金色のかつらを被り、鮮やかな水色の服を着た彼は、人形のように可愛かった。ところで、ホドロフスキー監督の過去の作品は、汚い画質のものしか観たことがなく、その映像の粗さと、いわゆるカルトと呼ばれるぶっとんだ内容とが良い感じにマッチしていて、そこが気に入っていたということもあった。今回綺麗な映像になってくるとどうだろうかと思っていたが、そんなふうに人形のように綺麗な男の子を観られたのでとても満足。カラフルな街並み、真新しい派手やかな衣装、それらが鮮明な映像で観られることで、現実離れした不思議な世界観を生み出していて良かったと思う。

笑える場面も多い。ホドロフスキーの母であるサラは、セリフをすべて高い声で歌うように話す。実際にホドロフスキーの母親はオペラ歌手だったらしい。旦那とセックスをしているときの喘ぎ声も、高い声で、合唱する前の音程合わせのような感じで、ハァハァハァー♪と繰り返し言うので、笑わずにはいられなかった。サラは何度も服を脱ぎ、巨大な肉体とおっぱいを惜しみなくさらしている。

そして、最も衝撃的な場面であろう、サラの放尿のシーン。ペストに侵されて、肌もただれた状態になっている旦那に、おしっこをかけるのである。なんと次の瞬間には、旦那の体は元通りに回復しているのだ。購入したパンフレットに、その場面についてホドロフスキーが言及している。多くの宗教の中で尿には人を癒す力があり、神に祈りをささげ、川のように放尿することは、彼女の一番大きな愛なのだとか。

とにかく、いくら語っても意味のないぐらい映像から受けるインパクトが大きい。サラやハイメの股間にはぼかしが入っているのだが、なぜか最後だけハイメの股間にぼかしが入っていなかった。ホドロフスキーの身内が3人出演していて、あくまで自分のために、自分の人生を見つめなおして作られたような映画。最後まで見終わった時にはなぜだが癒された。


2014/03/28

ザ・ドゥ=デカ=ペンタスロン (2012)

The Do-Deca-Pentathlon(2012) ★★★★

二か月ぶりの更新は、ロン毛少年が登場する映画です。兄のマーク、弟のジェレミーのひねくれ者兄弟が、卓球やビリヤードで競い合い、どちらが強いか勝負する話。メタボなお腹を揺らしながら意地になってマラソンしたりプールを泳いだりする兄弟。どちらを応援するでもなく、なんとなく様子を見ているハンター少年(Reid Williams)。

男の兄弟と言うのは、この映画の二人のように、いがみ合ってることが多いと思う。それは大人になっても一緒なのか。子供のように、何の意味もない争いを続けている。兄のマークの方は、奥さんもいて息子のハンターもいて、一見良好な家族を築いている。弟のジェレミーは、定職に就かず、ポーカーで稼いだ金で食っている。お互いがお互いの生活を羨ましがっているのだ。マークからしてみれば、自由気ままに生活している弟のことがうらやましい。弟のジェレミーは、兄のように安定した生活を望んでいる。

兄のマークは、癇癪持ちだった。精神安定剤のようなものを飲みながら、気が狂いそうな日々をなんとか過ごしてきた。ところが、弟のジェレミーが実家にやってきてからというもの、少年時代に競い合い、中途半端に終わっていたドゥ=デカ(二人だけのオリンピックのようなもの)の決着をつけることになり、片鱗を見せ始める。弟のジェレミーは兄のことを「あいつは羊の皮を被ったオオカミだ」と言っていた。マークは奥さんから家で過ごすように言われても、ジョギングに行ってくるだとか適当な理由をつけて、ジェレミーの前に現れ、やれ走り幅跳びだ、やれゲートボールだと、顔を真っ赤にしながら挑んでくる。ときどき暴れだす父を、切ない表情で眺めるハンター。

最終的には、ガチンコの殴り合いに。表通りに出て、大人げなく意地の張り合いである。ところが今回も勝負は曖昧に。とうとう別れの日となると、ちょっとだけ二人の間に絆のようなものが生まれる。どうしようもないおっさん連中を見ていながら、純粋な少年二人を見ていたようだった。

2014/01/27

MUD -マッド- (2012)

Mud (2012) ★★★★★

チラシなどでは現代版「スタンド・バイ・ミー」と言われているようだった。2人の少年、エリスとネック、そして指名手配犯のマッドとのひと夏の出来事。「未来を生きる君たちへ」という映画に似ている。淡々と進んでいくが、注意深く見ていないと登場人物の気持ちの変化を見逃してしまうような映画。

エリスとネックの二人は、少し離れた小島で、身を隠しているマッドという男と出会う。人を殺して逃亡しているのだった。いろいろ話をしているうちに、マッドはエリスに向かって「昔の俺を見ているみたいだ」という。

マッドとエリスだけが、まっすぐに愛と向き合っていた。マッドの殺人の動機は、大好きなジュニパーを助けるためだった。エリスも、学校の気になる女の子が男に言い寄られていたら、その男に向かって口よりもまず手が出る。そんな二人はお互いに共通するものを感じて、指名手配されているにもかかわらず、協力し合ったのだと思う。

ただ、マッドとエリス以外の男たちは、愛に対して少し淡泊な見方をしている。自分の気持ちに嘘をつかず突き進んでいくエリスを見て、はっきりとは言わないが、遠回しにエリスを諭していた。そんな言葉には耳を傾けないエリスだったが、実際に女を愛した男たちは不幸になっているようだった。エリスの両親も離婚寸前。そんな頼れるものがないときに支えになったのが、愛のために手まで汚したマッドだった。エリスは人を本気で愛したいと願う。メイパールと付き合うことになり、お互いに楽しそうにしているのだが、結局メイパールにとって、エリスはお遊び相手だった。別の男といるメイパールにひどいことを言われた時は、さすがに強気なエリスでも相当ショックを受ける。胸が痛くなるシーンだった。

マッドに関してもそうで、ジュニパーに会いたいという一心で、空腹を我慢しながら身を隠し、脱出のためのボートの修理やらをする。ジュニパーはマッドが献身的に尽くしてきた女である。エリスとネックの少年2人も、マッドに応えて危険を顧みずジュニパーに手紙を渡しに行ったりする。しっかり逃亡の計画もジュニパーに伝えて、準備万全で臨んだ決行当日、ジュニパーが来ない。どこかのバーで別の男と一緒にいるのだった。

そのことを知ったマッドは、子供の頃から尽くしてきた彼女をあきらめる。一人でどこかに行ってしまおうと計画を変更した。そんなマッドを見て、エリスは「嘘つき!」とマッドを罵倒する。エリスにとって、マッドは人を愛し続けることができる証明みたいな存在だった。マッドにだけは裏切られたくなかったのだろう。

結局、一番思ったことは、女心はわからないということ。あと、マッドとトムの父子が浮世離れしているというか、少年たちに大事なことを残して、2人とも消えてしまうあたりなんか、神様のような存在だなと思った。砂浜についた足跡が十字架の形をしているところなんかも。

2014/01/25

ザ・フリーマン (2013) <未>

Cyanure (2013) ★★★★

原題の意味は「青酸カリ」。アシール(Alexandre Etzlinger)の目線で、家族の再生を描いている。14歳になったアシールは父親のジョーが刑務所から出所してくるのを待ち望んでいた。会ったことのないジョーに対していろんな期待を抱いていた。ところが、出所してきたジョーは、アシールに冷たかった。「自分の息子かどうかも分からない」と言われる。

アシールの母親、ペネロピは、粗暴なジョーとは縁を切りたいと考えていて、バイト先のチーフといい関係を築いていた。アシールにとってはそれが気に食わず、ジョーに成りすまして、母親にラブレターを書いたりし、二人をくっつけようとする。あきらめずに幸せを掴もうとするアシールだった。母親には内緒で、夜中に布団を持って、ジョーのところへ行ったりする。次第に、アシールとジョーは仲良くなっていく。

一方、母親のペネロピは、ジョーのことをなかなか受け入れない。バイト先のチーフといちゃいちゃして、ジョーのことを考えないようにしている。ただ、ある夜は、ドラッグを吸いながら、過去にジョーとベッドを共にしたことなど思い浮かべている。どうしてもジョーのことが気になってしまうのだった。

セックスシーンでヘビメタが流れたり、さらっとおっぱいやちんこが映っていたり、笑ってしまう。アシールの中二病的な妄想も面白かった。銃を扱っていて暴発し目をけがした時は、数日で治るようなけがなのに、アシールの中では左右で瞳の色が違う、特別な男に生まれ変わったようだった。妄想の中では、そんな左右で色の違う目をして、建物を爆破させたりする。

結局、ジョーはまた刑務所に入れられる。ずっと一緒にいようと約束していたのに、そんなのことになってしまって、アシールはやつれていく。刑務所に面会しに行くも、ジョーのほうも参っている。そして、今度来るときは、青酸カリを持ってきてくれと、ジョーに頼まれる。

後日アシールは、手作りクッキーの中に、頼まれた青酸カリを入れて持っていく。ジョーはそのクッキーを口にする。時間が来て、面会室を出るアシールだったが、その場でポケットからもう一つ用意していた毒入りのクッキーを取り出して食べる。二人とも病院に運ばれる…。
Alexandre Etzlinger

2014/01/19

エンダーのゲーム (2013)

Ender's Game (2013) ★★★★

日本での公開も遅めだし、「エンダーのゲーム」というタイトルにもいまいち惹かれなかったし、普通ならスルーするところだが、エイサ君が出演しているということで観てきた。服の上からでもわかるほっそりした体型で声変わりも済み、中学生らしくなっていた。

映画館で見かけたポスターに「お父さんは<サード>の僕なんて欲しくなかったんだ」とキャッチフレーズみたいなのが付けられていたが、内容を観てみると、お父さんとのやりとりなんてほとんどないし、欲しくなかったどころか、宇宙船のメンバーみんながエンダー(Asa Butterfield)を頼りにしている。カエサル、ナポレオンのようになるべき男だと期待されていた。「エヴァンゲリオン」のような雰囲気ですよということで、日本では売り込んでいるのだと思う。別にいいのだが、内容からはずれてまでそれをするのかと思ってがっかり。

簡単に言うと、エイリアンVS人類という物語で、来るべき大戦に向けて数十人の選ばれた子供たちが、非情な司令官のもと、戦闘シミュレーションを重ねていく。エンダーは、天才的な戦術でチームを指揮するし、いざマンツーマンの肉弾戦となっても、絶対に負けない。エンダーが強くなっていく過程もあったら良かったなと思った。

自分的に一番良かったシーンは、チーム対抗バトルの時の、無重力空間でエンダーがくるっと宙返りをしながら、あたりに浮遊している光線銃をうまいことキャッチし、二丁拳銃でバンバン撃つ場面。観ていて気持ちよかった。「キックアス」のヒットガールが、敵のアジトに乗り込んで行ったときの、空中で二丁拳銃を装填するあのシーンのような気持ちよさ。今回は無重力なので、あの時のような違和感もなかった。

映画全体を通して、盛り上がれる場面が今一つないなと思った。エンダーが葛藤や悩みなど抱えていてずっと暗い。最近よくある悩めるヒーロー。あと、ネタバレになるが、最後の戦闘にしても、こっちはシミュレーションだと思って観ていて、むしろ後で起こる実戦のほうに期待している。しかし練習だと思って観ていた戦いが、実は本当にやっていたことだったと明かされて、肩すかしを食らう。「あれ、おわっちゃったのか」と言う感じ。戦争に勝っても盛り上がることはなく、エンダーは、知らないうちに相手を全滅させてしまったことを悔いて涙を流す。結局、エイリアンたちを倒して目的達成したはずなのに、別の惑星で、また1からエイリアンを繁栄させようとするところで終わっている。ハリソン・フォードが上官役で出ていたが、ずっと渋い顔をしているだけだった。

2013/12/11

ウォールフラワー (2012)

The Perks of Being a Wallflower (2012) ★★★

久しぶりに青春時代のわくわくした感じを思い出させてくれた映画だった。

中学時代までのチャーリー(Logan Lerman)はさえない奴だった。勉強はできたものの友達はおらず、「壁の花」のような存在だった。しかしすんなりと高校デビューをやってのけ、パトリックとその妹のサムといった、楽しい仲間たちと過ごすようになる。

率直な感想としては、理想的過ぎる青春時代だと思った。チャーリーは成績もよく、好きな女の子もいて、友達の家でドラッグパーティーである。観ていて面白いのだが、共感できる部分はほとんどなかったように思う。チャーリーが女の子に、おすすめの曲を入れたカセットをプレゼントして喜んでもらっていたが、同じようにCDに曲を入れてプレゼントしたら逆効果だったことならある。

模試の結果一つで、すごく落ち込んだり、飛び跳ねて喜んでいたりしたが、自分も高校時代はあんな感じだった。ただ、大学を卒業しようとしている今になって考えてみると、高校の時の成績とか、もっというと、どこの大学に進学したとかいうことは、そんなに関係のないことだと素直に思える。

映画で観る外国の学生生活はほんとに楽しそうだ。誰かの家に大勢呼んで、音楽かけて、踊り明かすなんてことは、日本にはない習慣。外国ではドラッグは割と簡単に手に入るものなのか。すごく楽しそうにやっている。いけないことだけれど。

この映画に期待したことは、青春時代の楽しいことより、その時期特有の辛さとかの方だったのだが、はっきり言ってチャーリーが抱えているのはぜいたくな悩みばかり。この程度で苦しんでいるようでは、イケてる友達や可愛い彼女をつくるなんてことは初めからあきらめている人たちの立場がない。

2013/12/10

孤独な天使たち (2012)

Io e te (2012) ★★★★★

原題を直訳すると「あなたと私」。登場人物はロレンツォ(Jacopo Olmo Antinori)とオリビアの2人だけであとはほとんど出てこない。2人とも世間から疎外されているような少年少女。中学生のロレンツォはクラスのみんなとうまくやっていけていない。オリビアは、薬物依存症で苦しんでいる。そんな2人が地下室にこもり始めてから、出ていくまでを描いている。

何が起きるというわけではないが、観ているだけでじんわりする映画だった。若い人たちの方が共感できる内容だと思う。ロレンツォは、学校でもipodで音楽ばかり聞いているが、彼の気持ちがわかる気がする。周りから聞こえてくるおしゃべりとか、もろもろの雑音をシャットアウトしたい。聞いている曲も自分と好みが合っていた。ザ・キュアとか、一昔前のロック。今すごい勢いのあるバンド、ミューズの数ある曲の中でも、代表作からは少しずれた、”Sing for Absolution”を好むあたりとか。

ロレンツォは正直言って不細工。「孤独な天使たち」なんていう邦題がつけられているし、そのタイトル通り繊細な内容だし、美少年を起用すれば、「僕のエリ」みたいな、受けのいい作品になりそうだと思った。ただ、ロレンツォ役にあの俳優を選んだところに監督のセンスの良さを感じた。実際あんなふうに引きこもる少年に綺麗な顔をした子はいないだろう。ロレンツォは、ニキビだらけで、うっすらひげもはえていて、アリなんかを飼っている。イケメンなはずがない。ただそうは言っても、ロレンツォさえもう少し美少年だったら最高なのになと思いながら観ていた。

一緒に地下室で過ごす、オリビアという女の子。こちらは、ロレンツォと違って、はきはきしていて自己主張が激しいタイプ。薬に手を出してしまった不良少女。ロレンツォとオリビアは、一緒なクラスにいても交わることのないタイプ同士である。そんな全くタイプの違う少年少女が、しばらく一緒に過ごすというのだから、2人の間に恋愛感情的なものが芽生えていけば、ストーリーとしては面白くなりそうである。しかし、ロレンツォとオリビアは腹違いではあるが姉弟であるということでもって、安易にそんなことにはしない。あくまで現実的。こういったところもさすがだと思った。

ロレンツォがたまに地下を出て街に行かなければならない場面がある。その時に人目に付かないように、フードを深めにかぶってうつむき加減で歩いていくのだが、その様子からはものすごい孤独感が漂っていた。ただ良く考えると、この映画の中でロレンツォはスキー教室をさぼったことが親にばれないように終始コソコソしているだけのことである。どうしてあれほど追い込まれるのか。そんな感じをフィルムに収めているというのがすごいと思う。


2013/11/28

ピンチ・シッター (2011)

The Sitter (2011) ★★★

仕事もせずに、だらだら過ごしている男が、あるとき3人の子供のベビーシッターを任される。「かいじゅうたちのいるところ」のマックス・レコード君が出演している。なかなか面白かったが、日本語字幕では伝わってこない、言葉遣いの面白さが多いような感じだった。

スレイター(Max Records)は、精神不安定。薬を入れたウエストポーチをいつも腰に巻きつけている。綺麗な顔をしているとか、モデルのようだとか言われていて、二枚目みたいな役どころだったが、マックス君のイメージとは、何か違うなと思った。それでしばらく観ていたら、実は彼はゲイだというオチがあった。

スレイターと仲良くしていたある友達が、途端に違う子とつるみ始める。スレイターは異常にショックを受けるのだが、それは友情とは別の感情だった。精神がおかしいと思っていたのも、自分がゲイだということに気づいていないことが原因だった。

スレイターの妹のブライスは、すごくませていて、風俗嬢のような厚化粧をしている。「ホット」と言いたい年頃のようで?イカしたことがあると、「ホットなパーティね!」というような言い方をする。妙に面白かった。

そして最後に、養子として迎えられたロドリコ。英語の発音はめちゃくちゃで、スペイン語でひどいことを言う。爆弾が好きでいつも持ち歩いている。遊び半分でトイレの便器などを爆発させる。

そんな強烈な3人とベビーシッターを任された、デブでさえない男のドタバタコメディ。ゲイだというスレイターのエピソードをもう少し観たかった。


2013/10/19

BlinkyTM (2011)

BlinkyTM (2011)
13min - USA | Ireland

短編映画特集第三弾。「BlinkyTM (2011)」マックスレコード(Max Records)君主演。なかなか個性的な子役だと思われるが、「かいじゅうたちのいるところ」と、この短編ぐらいでしか観れていない。

2013/10/18

Supermään (2010)

Supermään (2010)
15min - Finland

短編特集第二弾。今の時期、東京国際映画祭が世間を賑わせているのを意識して、ここでは「イケメン、美少年ショートフィルムフェスティバル」です。

前回の「The Legacy」に続いて、今回もスーパーマンがテーマ。ただ、内容は全く対照的。スーパーマン一つにしても、単純だと言われるアメリカ映画と、北欧のものとのとらえ方の違いが表れている(?)

見どころは、疲れきったオスカー君の表情。説明的なセリフが全くないので、オスカー君が何を感じているのか、考えさせる内容となっている。